ドリーム小説


コンコンと戸を叩く。

暫く待つと、戸が開き、そこから恰幅の良い女性が顔を出した。

「あらぁ、あなたこの間のお嬢さん」

ニッコリほほ笑むその顔はとても優しそうで、つられても笑った。

「この間は傘、ありがとうございました。とても助かりました」

頭を下げて朱色の傘を差し出す。

「いいのよ。雨にぬれなかった?」

「ええ、おかげ様で。風邪もひかないですみました」

「よかったわ」

女性は傘を受け取る。

「ところで不躾ですけどそちらの方は?もしかしてお嬢さんの恋人?」

首を傾げて聞いてくる女性は可愛らしい。

しかし女性の質問には顔を赤くする。

なかなか答えられないの代わりに雷蔵はクスリと笑って答えた。

「ええ、まぁ」

は俯く。

その様子に女性はほほ笑んだ。

「あら、それは幸せなことね」

それに雷蔵はニッコリこたえた。

「あ、あの」

話を打ち切ろうとは手に持っていた風呂敷を取り出す。

「これ、お礼に、よろしければどうぞ」

「まぁまぁ、いいのに」

「いえ、詰らないものですので、よかったら」

「ご丁寧にありがとうございます」

女性は丁寧な手つきで風呂敷を受け取った。

「お忙しいところお邪魔しました」

「あらやだ、すっごく暇なの。よかったらまた来て頂戴ね。お構いはできないけど」

始終笑ったままの女性に別れをつげて、二人は町中へ進んだ。














「怒ってる?」

人の多い通りを歩いている時、雷蔵はに尋ねた。

女性と別れてから、は雷蔵を見なかった。もしかしたらの機嫌を損ねたのかもしれないと、雷蔵は不安になった。

「怒ってないよ。怒ることないし」

言葉を小さく出したにホッとする。では、何故は雷蔵を見ないのか。

「あのね、その」

「うん」

恥ずかしげに言い淀むを雷蔵は待つ。

目を雷蔵に向けたの顔は不安げだった。

「すぐに『はい』って言えなくて、ごめんね」

それは先ほどの女性に尋ねられた『恋人?』に対するものだった。

言えなかったことによって雷蔵を傷つけなのではないかとは思ったのだ。

「ちょっとね、恥ずかしかったの。雷蔵が恥ずかしいんじゃないの。その」

また言い淀む。雷蔵は静かに待った。顔が真っ赤で可愛いと雷蔵が思っていることなどは知らない。

「雷蔵みたいに、素敵な人が私の彼氏だって言うのがはずかしかったの」

つまり「自分みたいな人間にこんな素敵な人が恋人だなんて不釣り合いだと思われるんじゃ」ということである。

雷蔵はの頬に手を当てて、軽く撫でた。

満面の笑みをに向ける。

「ありがとう、。僕はみたいに素敵な人が恋人で幸せだよ」

耳まで真っ赤のはまた俯いた。雷蔵は笑っての手を取った。

「ところで甘味を食べるんでしょ?何が良い?」

「雷蔵は、何が良いの?」

まだ治まらない熱を隠すようには雷蔵を見ない。

雷蔵はの質問に苦笑した。

「僕に聞いちゃうの?」

悩み癖のある僕に?

「じゃあ、おしるこがいい」

が雷蔵の手を握り返す。

雷蔵がの袖に目をやった。

「あのおばさんに感謝だね」

いきなり雷蔵はそう言った。

確かにぬれなかったし、風邪も引かず、こうして雷蔵と町中に出てこられた。

感謝だ。

「雨にぬれてたら、まだその着物、着られなかっただろうから」

が着ているのは雨が降った日に着ていたものだ。雷蔵が今日着てきてほしいと言ったのだ。

「よく似合っているよ」

彼は簡単に嬉しい言葉を言ってくれるから、いつまで経っても熱が引かないのだ。

「ありがとう」

また雷蔵の顔を見れないでそう言った。











その調子で二人は手を繋いだまま甘味処の暖簾をくぐった。

雷蔵はの顔を見つめ、は袖で顔を隠す。