忍術学園事務員小松田秀作は今日も門前を掃いている。
彼の足もとに影が伸びる。顔を上げれば奇妙な人間がいた。

「こんにちは。学園に用事があるのですが、入っても?」

「ちょっと待って下さい。あなた、どちらさまですか?」


客は誰が見ても怪しい。顔だけなら美しい女性だが、体が予想と違う。
身長は小松田が見上げなければ目が合わないほど高く、肩幅は押しても簡単には動かないと容易に判断できる。

相手は綺麗な顔でほほ笑んだ。


「私は鉢屋三郎の兄です」


「あ、でしたら入門表にサインをしてからお入りください。帰りは出門表にサインくださいね」

小松田は一言で納得した。いや、鉢屋三郎を知る人間であれば、皆同じ反応かもしれない。


「はい、これでいいですか?」
「ありがとうございます」

彼は門をくぐった。



「さて、三郎は今授業かな」

彼は学園の卒業生だ。五年前にここを出て、三年前ぶりに訪れた。

「懐かしい」

時間をつぶすために他を覗いて見る。訓練場には小さな影がいくつもあった。手裏剣の練習らしい。
その中で一番大きい影の持ち主が彼に気づいた。顔が笑顔だ。


「おお、じゃないか」

「おや、よくおわかりで。お久しぶりです、山田先生」
彼も笑顔で近寄った。

小さな影たちは動きを止め、見たことのないものに目を丸くする。

「分かるさ。そんな奇妙な変装するのはお前くらいだ」

「そうですね、私の変装は理解を得ることがすくない。いわば伝子さんと同格」

「何を!?伝子は誰がどう見ても美人じゃないか」

拳を握る山田伝蔵。は苦笑した。

「それは失礼しました」


「ん?」


周りの忍たまたちは手を止めたまま、ずっと二人を見ていた。

一人が口を開く。

「山田先生、その人誰ですか?」

「ん?ああ、こいつか」

山田先生が鉢屋を忍たまたちに向き合わせた。


「こいつは鉢屋と言って、卒業生だ。このチグハグな変装は趣味で、本気でやれば誰も疑わないほどの実力派だ」

「嫌だ、先生。僕はいつも本気ですよ」


山田先生の言葉に、忍たまたちがざわつく。


「もしかして、五年ろ組鉢屋三郎先輩のお兄さんですか?」


一人が元気に聞いた。

「君たち、三郎を知ってるの?」

「はい!!!」


全員が元気に答えた。

「へぇ、三郎は有名人だね」

のんきには言った。

「学園にいた時のお前見たいな感じだ」

「ああ、なるほど」

納得して頷いた。

終業の鐘が鳴る。
「ヘムヘムは健在だね。それじゃ山田先生、良い子たち、また」
「三郎はたぶん教室だ」
「はい」






 「何しにきた」

「久しぶりに会ったのに冷たいね、お前」

ブリザードを背景に三郎はを突き放した。

「しかもまたその子の顔?お兄ちゃん、寂しいな」

「うるさい」


三郎は今日も雷蔵の顔をしている。本物の雷蔵はというと、少し離れたところで冷や汗をかいている。


「だって、お前の素顔四年は見てないぞ」

「俺は兄さんの素顔を十年は見てないよ。その顔の下覚えてない」


三郎は不機嫌な顔を兄から逸らした。

「もうそんなになるっけ?」

呑気な次郎に三郎は嘆息した。兄はいつも重要なことを軽々しく扱う。



「で、何の用」


そう聞くとは優しく笑った。

「近くに来たから、顔を見にきた。ここ最近仕事で家に帰ってなかったから、会えなかったし」

「一年以上前から続いていることを最近というと思う?」


嘲笑うように三郎は言った。雷蔵が二人に近づく。



「三郎、部屋にお連れしたら?」
「いいんだ、ここで」
「よくない、わざわざ寄られたんだ」


雷蔵がそう言うと、渋々三郎は頷いた。
が雷蔵を見つめる。雷蔵は何も言えずに固まった。


「君優しいね。三郎が君のこと好きなの分かるな」


微笑む。雷蔵は顔を赤くした。の顔は今巷で評判の美女である。


しかし、が手を顔に当てると、その頬笑みは雷蔵のものに変わった。顔を青くする雷蔵。
今、この場には三つの雷蔵の顔がある。


「悪くないね」

笑みを一層深くした後、は先ほどとはまた違う女性に顔を変えた。

「じゃあ、三郎をすこし借りるね。忍たま長屋久しぶりだなぁ」

ほのぼのとしたをうっとうしがるように、三郎はさっさと歩いて行く。







 「ん?」

三郎の部屋へ行く途中、何かが凄まじい速さで飛んできた。はそれを笑って受け止めた。


「さすが忍術学園。どこから何が飛んでくるか分からないね」

手に収めたものは白い球体。


「・・・」


三郎はそれを見て、顔を顰めた。


「すまん!それ私のだ!」


茂みから声がした。遅れて人が出てくる。

「小平太先輩・・・」

「小平太?」

小平太は三郎を見る。


「えっと、雷蔵?三郎?」

「三郎です」

「三郎ってことは」

じっとを見た。目がキラキラしている。



「もしかして先輩!?」



「小平太くん?」

喜びが小平太の顔に広がる。

「お久しぶりです!!」

「大きくなったね。昔はもっと小さかったのに。前に一度来たときは会えなかったね」

「そうです!実習から帰ったら先生に先輩来てたって聞いて!」

「仕事だったからゆっくり出来なかったんだ」
その言葉に三郎は顔を歪める。それは悲しそうな表情。


「おい、小平太!!お前ボール取るのにどんだけかかるんだ!」

茂みがまた揺れた。三人の人間が出てきた。

「それどころじゃないぞ、留三郎。先輩だ!」

「は?先輩って鉢屋じろ・・・先輩!?」

最初適当だった受け答えがを見た瞬間強い声に変わる。



先輩だ!その変な変装」

「お久しぶりです」

「お元気そうで」

はそれをみて瞬きを数回した。少し困っているようだ。出てきた人間が近づく。

「ええっと、留三郎くん?」
「はい!」

「伊作君」
「はい」

「で、えっと」

最後の一人を前に止まる。


「文次郎忘れられたな!」
「なっ!!」


はハッとした。そして最後の一人を指差す。


「文次郎君?」

「い組の潮江文次郎です」

は困ったような安心しあような笑みを作った。

「忘れたわけじゃないよ。文次郎君が大人っぽくなってたから気付かなかったんだ」


そっと文次郎の頭に手をのせた。


「ごめんな」


大人っぽいといわれて喜ばないわけもなく、文次郎は顔に出さないものの心の中では花が咲いた。



「いいよなぁ、三郎は。私も先輩が兄ちゃんだったら良かったのに」



撫でられる文次郎を見ながら、小平太は言った。
その言葉に三郎は歯を噛みしめ、は文次郎の頭から手を離した。文次郎と留三郎と伊作は冷や汗をかく。


「ちょ、こへ」
「家族と触れ合う暇もなく、仕事に飛びまわる兄が欲しいですか?」


三郎の声が低い。その言葉に小平太は首をかしげた。


先輩はもう大人なんだぞ?家族に縛られるほうが変だ。三郎は意外と子供だなぁ」


「小平太!!」

伊作が小平太の腕をつかむ。


「すみません、先輩。何か用事でこられたんですよね。僕たちに構わず行かれてください」

早口で言いきる伊作。は切なく微笑む。


「ありがとう、久々に会えてよかった」


が三郎の腕に手をやる。嫌だと言わんばかりに、三郎は腕を振り払った。部屋に向かって二人は歩きだした。





「伊作君、何で怒るの?」

「小平太、覚えてないの?一年のときの三郎を」

そうだと留三郎は頷いた。

「上級生がよってたかって先輩の話を三郎にして、三郎は癇癪を起したんだよ」

小平太はまた首をかしげる。

「なんでだ?」

留三郎は呆れたような溜息をついた。

「考えてみろ、三郎は先輩が卒業してすぐに入学したんだ。先輩が入学する前はまだ三郎は四つ」

「一番上のお兄さんも学園に入っていたらしいし、構ってもらう暇なんてなかったんだろうね」

先輩は優秀だから卒業と同時に引く手数多のフリー忍者。すれ違いばかりで、ゆっくり遊ぶこともなかったんじゃないか?」

「自分の知らない兄を周りは当然のように話す。三郎は悔しかっただろうね」


終わったと言うように三人は口をつぐむ。

小平太は眉を顰めて強く言った。

「だから何だ?それは誰が悪いことでもないし、どうすることもできないじゃないか」

伊作は寂しげに眉を下げた。



「小平太、その嫉妬こそ子供のすることだよ」
「・・・だな」









 三郎は自分の部屋の入口を開け、そのまま中に入った。


「中々綺麗にしているじゃないか」
「雷蔵がな」


三郎は短く言葉をきる。
三郎の後姿を見て、は苦笑いした。


「実家の部屋もきれいだろ」
「・・・」


三郎は何も言わず、の顔を見ない。

反応がないことを確かめては目を閉じて話を切り出した。



「学園に来た理由はお前の顔を見にだと言ったが、あれは嘘だ」


その言葉に三郎の体が強張った。拳を握り、歯を噛みしめる。

「じゃあなに?先輩の顔でも見にきた?ずいぶん慕われてたもんな。
それとも先生に会いに来たの?食堂のおばちゃんの手料理を食べに来たとか」


「三郎」


急に饒舌になる三郎。はそれを受け止めるしかない。

「兄さんは、俺の事なんてどうでもいいんだろ、必要ないんだろ」

は話す三郎の頭を後ろから撫でた。まだ三郎の身長はよりも小さい。

「お前をどうでもいいなどと思ったことは一度もない」



「嘘だ」



嘘だと拒否をする割に、三郎はの手を振り払おうとしない。

「顔を見にきたというのは嘘、というよりは一番の目的でないという方が正しい」
逃げない弟につい微笑んでしまう。



「私の顔を見せに来たんだ」



三郎は勢いよく振りかえった。


「あ、この場合の顔っていうのは、素顔のことな」
「何で、急に」

目を見開いて三郎は尋ねた。
顔が青く染まりそうだ。


「少し危険な仕事を受けた」
「またっ」



三郎の言葉には目を閉じる。


は一度仕事で死にかけたことがある。他の忍と戦い瀕死で実家に運ばれた。
そのことが三郎の耳に入ったのは夏休みで実家に帰ってからだった。自室で眠ったままの兄を見て、三郎は動けなかった。
悲しい、寂しいなどの感情ではなく、あの兄が?と実際寝た兄を見ても疑心がおこった。
痛々しく巻いてある包帯も実は偽物で、兄は久しぶりの休みに昼寝をしているだけなのではないかと考える。
しかしその後詳細を聞いて三郎は兄の状態が現実であると理解した。


仕事の前日、兄は三郎に会いに来たのだ、暇だからと。
その時はいつも忙しい兄が自分に会いに来てくれたとただ嬉しかった。たくさん話をして、兄はただ優しく微笑んで三郎をなでた。


終わってわかる、兄は仕事が命に関わることが分かっていて、昔の思い出に浸りに学園へ来たのだ。


が学園に唯一訪れた三年前の話である。



「我が侭な兄でごめん。でも自分を残していきたい。家族には覚えていて欲しいんだ」


今回も死ぬことを承知でいくつもりなのだ。三年前よりも忍の世界を知った。兄の傷つく姿など見ずも死を身近に感じることができる。



「何でそんな仕事受けるんだよ」


「仕事を選んでいたら食べていけないんだよ」
は悲しそうに微笑む。三郎はそれを見て悲しくなる。


「お前もいつか理解するだろう。忍とはそういうものだ」

そう言われてしまえば、まだ卵である三郎は口をつぐむしかない。


「本当にずるいな、私は」

は自潮したように笑った。



「さて話を戻そう。できればお前の顔も見たいが、私の勝手だからな、お前が嫌だというならそれで構わない」

三郎は下唇を噛んでそっぽをむいた。目を閉じる。その間には自分の顔へ手をやった。


「兄さ・・・」


「ん?」
思いついたとばかりに顔を上げた三郎の目に飛び込んできたのは見慣れた顔。訂正、見慣れた顔に似た顔。
の顔は今、鏡でよく顔を合わせる自分のものと似ている。
当然、の方が歳の分だけ大人びているが、一つ一つの部位、例えば目、口、眉が三郎のものと似ているのだ。

「三郎?」


との共通点を見つけて、仄かな嬉しさが心に染みる。それを噛み締めて、三郎は口を開く。


「嘘だよ」

「ん?」

「ずっと覚えてた、兄さんの顔」


「知ってたよ」



あっさりとした言葉に三郎は驚く。


「お前嘘つくとき必ず右に視線を外すだろ」



自分で知らなかった自分の癖。化物の術を使う自分にしてみれば最悪の癖。
誰にも指摘されたことの無かった自分の隠された部分。それを自分など感心がないと思っていた兄が知っていた。


「・・・気付いた時に教えてよ」


「今度からはそうするよ」

やはり呑気な兄。昔から変わらないそれについ笑みがこぼれる。



「俺の顔は兄さんが俺の次の休みに実家にいたら見せる」


「・・・そっか」

は弟の本音を見て静まった。
三郎が兄達にあまり構ってもらえないのを寂しいと思うように、も構ってやれないことを済まぬと思い、兄弟の溝を少なからず感じていたのだ。


「楽しみにしておく。さぁ、目的は果たした。行くよ」

「・・・気をつけて」

その言葉には三郎の頭を抱きしめると、二度軽く叩いた。の腕が離れ三郎が顔を上げると、の顔は最初の女性の顔に戻っていた。



「またな」



が部屋の外に出た。三郎はそのまま動かなかった。







後日、から三郎宛に手紙が届く。



『無事仕事が済みました。夏休みには実家に居られるようです。それまで体を大事に勉学に励んでください』

読み終わり、片づけようとすると、もう一枚残っていることに気づいた。


『追伸』

「追伸?」

訝しがって、読んで見る。



『前回の最初と最後にあったときの顔の女性と今度結婚することになりました、とこの間あった時に言うのを忘れてました』







「うん、そういえばこんな人だった」







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