ドリーム小説
外を眺めながらふっと少女が呟いた。
「ねえ、久々知くんの髪の毛って素敵だよね〜」
その言葉を聞いた彼女の友達・は目を見開いたまま固まった。
「睫毛も長いし〜、肌白いし〜、良い声だし〜?文武両道で頑張り屋さんで、秀才って感じだし」
ますますは固まる。出そうとする言葉が喉をつっかえて出てこない。
「過度の豆腐好きも、自分の主張をはっきりさせているってところで男らしいのかなともとれる。いいね〜」
はやっとこ言葉を吐いた。
「え、は三郎のこと好きだよね?」
その言葉には眉を寄せ、迷った末口を開いた。
「諦めた」
「何で!!?」
はに強く掴まれた。の顔は普段ではありえないほど崩れている。
「いや、諦めたってか、今諦めようとしているところっていうか」
の反応にいまいちついていけない。タジタジになりながらも話す。
「何で!!?」
「さっきと一緒かよ・・・。三郎の好みのタイプを聞いたんだけど」
「何私がいないところで重要イベント発生させてんのよ」
「ちょ、女王様!はぁ、それで三郎のタイプがね」
重い重いため息の後に出た言葉。
「サラサラストレートの似合う妖艶で、胸があって腰が細くて、男を手のひらで軽く転がすような小悪魔風の年上の女性だって」
「大魔王の間違いだろ」
思わず零してしまったが、は焦っていた。の肩を放す。
「ちょっとあんた頭冷やして待ってなさいよ!間違っても久々知のとこなんかに行くんじゃないわよ!!」
息継ぎも挟まないほど口を動かし、ああ、忍者なんだ〜と思わせるほど速く教室から出て行った。
「何なのよ、はぁ。厠いこっと」
そして誰も居なくなった・・・教室には。
何か走ってくる音がする。足音と言うのは嘘だと思わせるほどの轟音。そして、叫び声が痛いくらい俺にぶつかってくるのだが、それが何かを認識した頃には俺の命はけし飛ぶのだと思った。
「たぁけぇや―――――!!!」
ああ、俺殺される。
かなり強く胸倉をつかまれる。ちょっと待て、首締まってる。呼吸が、待て、痛い、息止まるより首ねじ切れる。
「あんた、どうしてくれんのよ!!!」
「ま、ま、ま」
力を振り絞っての手を叩いた。ふっと胸倉から手が外れた。重力に従い俺は体を屈めた。思いっきり咳きこむ。
心臓が治まらないうちにが話し始めた。
「が三郎諦めるって言いだしたの」
それを聞いた瞬間、頭を殴られた気がした。すべての考えが抜け落ちて、真っ白になる。
「聞いてんの!!?」
「き、聞いてるから蹴ろうとするな!」
が俺をめがけて脚を振りおろそうとした。
「なんで諦めるんだよ」
「三郎がおかしなこと言ったから!」
が事と経緯を話す。徐々に叫びたい気持ちが湧いてくる。
「ってわけ」
「あいつ何やってんだ〜〜〜」
拳を固く握り、そこに自分の気持ちを精一杯押し込める。
「馬鹿でしょ、アホでしょ、ヘタレでしょ」
「あ〜も〜馬鹿だ」
と竹谷は三郎とが両想いであることを知る人物である。
一向に二人の中が進展しないことに焦れて、手を組んだのだ。ちなみにまだ、三郎ももお互いがお互いを好いているとは知らない。
竹谷とは自分たちの力で解決させようと、不穏分子を影で排除していたのだが。
「なんで三郎ああいうこと言うわけ?『好みのタイプは?』って聞かれたら『お前。』って答えればいいでしょ!?」
「あれか、照れてんのか!?一世一代のチャンス無駄にするほどのことか!?」
ガーガーと騒ぐ二人。もちろん、周りの目には異様に映っていて・・・。
「お前ら、頭大丈夫か?」
当然彼らを知る人間が心配するので、声がかかる。
他の人間ならよかった。これが噂をすれば影なのか。今話していた主要人物が出てくるとは。
「さ、三郎・・・」
「元気〜?・・・なんて」
「本当に頭やばいだろ」
今まで散々言っていたにも関わらず、勢いの落ちる二人。やはり後ろめたいと思うのだろう。
しかし、今回彼らの中では緊急事態。形振り構ってられない。が意を決して三郎に向かい合った。
「三郎、のことどう思う?」
それを聞いた瞬間、三郎が目を細めた。そして竹谷を睨む。
「ハチ、お前話したな」
の親友であるに知れるのはさすがにバツが悪かった。
「はぁ、何でお前が聞くわけ?」
「あんたがモタモタしてるから悪いのよ!!が(あんたを諦めるために)好きな人をつくりそうなの!!」
地団駄を踏みながらの口からこぼれてしまった言葉。瞬間、はしまったと思った。
三郎の顔が、怖い。
「で?だから?」
言葉が出ない。どんどん近づいてくる冷めた三郎の顔をずっと見ている。
「は私にどうしろっていうんだ?玉砕覚悟で告れって?」
にやりと、愉快さからかけ離れた笑みを浮かべる。
低い声で、ぼそりとの耳元で囁いた。
「人の恋路を面白がるな」
それを聞いて竹谷が勢いよく三郎の肩を掴んだ。
「面白がってねえ!俺たちはお前らがうまくいけばいいって思って」
「迷惑だ」
その言葉を聞き、竹谷の手の力が抜けた。三郎はそっとその手を退けた。
「私は私なりに考えて動いている。余計なことするな」
声を荒げない怒り方は不気味だ。静かに沸々と出る怒りの熱を体の中で閉じ込めて、ふとした瞬間それが一気に流れ出しそうで怖い。
それでも、この事態を引き起こした責任を果たすため、は三郎に言った。
「じゃ、なんで好みのタイプ聞かれた時に嘘吐いたの?」
三郎が眉を顰める。
「何言ってるんだ?」
「に好みのタイプ聞かれたでしょ!?」
「いや」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
空気が乾燥した。今まで暗く淀んでいたのに、心が冷え切っていたのに。
沈黙が続いて其々の頭の中で糸が絡まったように、思考が回らない。
「え、っと。あれ?私、からそういう風に聞かされたんだけど、なぁ」
「えっと、の勘違い?」
と竹谷があれこれ言うと、三郎が思いついたようにに聞いた。
「はなんて言ってたんだ?」
「三郎の好みはサラサラストレートの妖艶で、胸が大きくて腰の細い年上の女性で、
軽々と男を手のひらで転がすような大魔王、じゃなくて小悪魔ってさ」
深く三郎がため息をついた。手のひらを額に当てる。しまいに唸り始めた。
「おい、。三郎が変だ」
「見りゃわかるわよ。思い当たる節があるみたいだけど」
二人はじっと三郎を見詰めた。
「それ、に聞かれたわけでもないし、に対して言ったわけでもない」
本当に疲れたのか、呆れたのか、取り合えず困った顔で三郎は二人を見かえした。
「四日前、どっかのくのいちに聞かれたんだよ、どんなのが好きかって。面倒だからそいつと全く違うタイプ答えたんだよ」
また沈黙が訪れた。も竹谷も頭を抱えたくなった。
「そうよね、あの子が積極的に動くわけないもんね。私が馬鹿だった」
「いや、うん。仕方ないと思うぜ」
自嘲気味に笑う。慰める竹谷。乾いた笑いが出る。
「勘違いかぁ。・・・ってそうじゃない、現実何も解決してないし!!」
が我に帰る。再び三郎に詰め寄った。
「誤解だろうがなんだろうが、はあんたの言ったこと信じてるわけ。さっさとその誤解を解いていらっしゃい」
「急に偉そうだな、お前」
行動しない三郎にムシャクシャした。平手で三郎の胸を叩いた。女といえどくのいち。力が強くて、なかなか痛い。
「早くしないとね、久々知くんにもってかれるわよ!」
「へ、兵助に?」
「そーよ。成績優秀、眉目秀麗、豆腐大好き久々知クンよ!」
「いや、最後の違うだろう」
竹谷が冷静に突っ込むが、空しいかな、誰も聞いちゃいない。
「もし、が本気で久々知くん好きになったら取り返しつかないんだからね!あんたなんて入る余地なくなるんだから」
最後に強く三郎を押すとはフンと鼻を鳴らした。
「今、いかないなら一生ヘタレってあんたのこと呼んであげる」
「女王様かよ」
竹谷が言うが、やはり誰もきいてない。
三郎は心の準備とか、頭の整理とかそういう構えをする前にに追い立てられてその場を後にした。
頭の中にあるのはただ、に会うということだけ。疑問を頭の上に浮かべたまま走った。
「これでうまくいかなかったら、余程縁がないわよ」
「そうですね」
残された二人は見えないところで見守るのみ。
とりあえず、を探してくの一教室の近くまで来たものの、くのいちの領地に足を踏みこむ気にはなれなかった。
そこらじゅうに張ってある罠が煩わしいからだ。
「ど〜するかな」
何もせず帰れば確実にに理不尽な暴力を受けるだろう。というか、このまま帰るのは自分もいやだ。正直情けないと思う。
もっと自分は器用だと思っていた。ギリギリになって人から強く押されてやっと動くことになろうとは、予想していなかった。
「あー、くそ、恥ぃ」
こんなの私じゃない、と思いたい。でもの事となると途端に奥手になってしまう。
今さっきまで告白しようと思っていたのに、段々と熱が冷めて踏み込めなくなってきた。
にだんだん会いたく無くなってきた。
ふっと視界に何か引っかかった。それは兵助と、。
『早くしないとね、久々知くんにもってかれるわよ!』
の言葉がよみがえる。駄目だ、それはだめだ。
気がつけば、すぐ目の前に二人がいた。
「あ、三郎。どうしたんだ?走って」
「三郎?」
無防備に下ろされているの手を掴んだ。掴んで走る。兵助が何か言っているけど、知らない。
ただ、早くを誰もいないところへ連れていきたかった。
結局、用具倉庫の裏手まで来た。当然人はいない。脚を緩めると、余裕ができたのかが強く腕を振った。
「放して、三郎。痛い」
何故だろう、放してしまえば終わりのような気がして、手の力を緩めただけでの手はつかんだままだ。
後ろからため息が聞こえた。
完全に影になるところまでくると、私は足を止めた。
「急に何?久々知くんと話してたんだけど」
その言葉が胸につめたく突き刺さる。
「お前さ、好きなわけ?兵助のこと」
言うのと同時に振り向く。の目が見開いていた。
「・・・いや、その」
眉寄せて下を向く。
肯定の言葉が出るのが、怖かった。言葉を聞かないために私は必死でそれに言葉を被せた。
「が好きだ!」
今、私はなんと言った?の言葉を隠せればなんでもいいと思っていた言葉は、自分が言いたかった言葉で、でも自分が言った気がしない。
しかしの顔が真っ赤に染まった。自分の言葉に自分が取り残されている。
「嘘、だ」
小さく開かれた口から出た言葉は、俺を締め付ける。ギュッとの手を握る力を強めた。
一度言ったなら、今さら誤魔化しちゃいけない。
「嘘じゃない。私は、が好きだ」
口調も強めてみたのに、は頭を振る。私の本気がに伝わらない。
「だって、だって三郎が好きなのは、ええと、ボンキュボンの妖艶の小悪魔美人でしょ」
「それはに言ったわけじゃないだろ」
左手での頬に触れる。ビクリと反応したが、逃げなかった。
「私はにだけは、嘘は吐かない」
の瞳が潤み始めた。そしてうれしそうにほほ笑む。
「はい、私も好きです」
の腕を引いて、を優しく抱きしめた。の腕が背中に回る。
優しい香りがする。きゅっと力を強くしてみれば、答えるようにが私を強く抱きしめた。