ドリーム小説
昼休み、校庭で遊ぶ下級生を見ながら木陰で涼むのが日課となりつつある夏。
どうにもすることが見つからず、下級生をからかって遊ぼうか考えながら暇を持て余す。
ふっと校舎に目をやれば、桃色の影が走っている。
それがどうにも見知っている人物な気がして、私は重い腰を上げた。大方、彼女が目指した場所は分かる。
その場所の前まで来れば案の定、彼女の声がした。
閉まった障子を開ける気にはならない。でも、戻る気もない。
入口の横にある壁に背中を預けて、彼女が出てくるのを待った。
暑さにそろそろ参りそうになっていると、やっと障子が開く。
「失礼しました」と出た声は、待ち望んだものだった。彼女は入口を閉めると、こっちを向いた。
その顔は少し愉快だ。私がいるとは微かにも思っていなかったに違いない。
「・・・何でそんなに汗かいてるの」
聞くことが違うだろう。いつもこいつは一般人とずれている。
「お前を待っていた」
「お菓子とか持ってないわよ」
「誰も期待してない」
福富しんべぇじゃあるまいし、こんな暑い時に甘いもの食う気はない。私は気の抜けた溜息を出した。
今の状態を説明するなら、ここは職員室前だ。彼女はその中から出てきた。
私は彼女を汗だくになって待っていた。
何故か。彼女の顔が見たかったのだ。いや、少し見たくなかった気もする。
彼女が職員室に来た理由は私と一緒、顔が見たかったのだ。私の顔じゃない。彼女の恋しい相手のだ。
彼女の想い人は職員室にいる。
に会いたかった反面、会いたくなかったのは私じゃないものを見て、嬉しそうにする彼女の顔を見たくないからだ。
でも、その時の彼女が一番可愛いのも事実だ。
「満足?」
そう聞くと彼女は満面の笑みで頷いた。
ほら、可愛い。うっかり抱きしめたくなるくらいに。
でもそれはできないから、彼女の頬に手を伸ばすと思いっきり引っ張ってやった。
「いっ」
途端顔をゆがませる彼女。別に虐めるのが目的じゃないからすぐに放してやる。
「痛いわよ、三郎。いきなり何すんの!」
「お前のホッペが柔らかいのが悪い」
本当に柔らかくて、女なんだなって意識したよ。困るな、これ以上好きになりたくないのに。
「お前、男見る目ないよな」
「はぁ?失礼なこと言わないでよ!あんな素敵な男性ほかにいないでしょ」
それが可笑しい、どう考えてもおかしい。ほとんどの人間が私に同意してくれるはずだ。
「だって・・・山田先生だろ?」
先生にしたって、土井先生ならまだ分かる。若いし、外見もカッコいいと思う。
戸部先生とかもまだ納得がいく。なのに、彼女が好きなのはあの山田先生。
「そ〜よ。だってダンディじゃない!もう大人の色香がムンムンでしょ、少しざらついた声も素敵。
髭だって似合うし、実技じゃ身のこなしが華麗で、落ち着いてて思慮深くて」
頬に手を当てながらウットリと話す彼女。それを見ていて、辛い。
私の心がだんだん冷たくなってしまう気がする。
「年代的に息子のほうだろ?」
「利吉さん?確かにかっこいいけど、ダンディって感じじゃないし、それに」
ふうっと哀愁を漂わせる。いや、似合わないって。無理するな。
「私、山田先生の血が好きなわけじゃないし」
「まぁ、確かに」
山田先生の息子だからいっか♪ってわけにはいかないよな。
私だってに妹がいたとしても、それを好きになったりはしないだろう。
でも、年齢とか立場とかだけが問題じゃないんだ、山田先生の場合。
「はあ、分かってるって。そういう目で見ないで」
困ったように眉をよせて笑う彼女。トンと私の肩に手を乗せた。
どうやら考えが顔に出てしまっていたようだ。
「いつかは諦めなきゃいけない恋だって分かってるから。せめてこの暑さに浮かされてる間だけは、何も言わないで」
彼女は全部理解して好きになった。山田先生にはもう、奥さんがいる。
彼女にはその人を押しのけるほどの力もなければ、度胸もない。山田先生も生徒と色恋に落ちる気がない。
先のない恋心。それはどれほど重いものだろうか。心を何度も痛めつけ、縛り、時に狂喜させるそれを彼女は抱え続けている。
「正直私はお前の恋を応援できない」
「うん、分かってる。私もね、誰かに背中を押してもらおうとは思ってない」
笑いながら言う彼女は、痛々しくてさっきとは違って庇護欲にかられて抱きしめそうになる。
それもまた、私にはできない。彼女に私は何もできない。
彼女に対しての私は、すべてが下心になってしまうから。
「本当はお前が早く忘れてしまえばいいと思っている」
私がそう言うと、彼女はヘラリと笑った。
「優しいね、三郎」
そういう意味じゃない、お前の為に言っているんじゃないんだ。
私がお前の中で確かに存在したいから、お前に私を想ってほしいから、私はお前の恋が枯れるのを待っているんだ。
「好きだよ、三郎」
それは私の欲しい言葉じゃないんだ。その「好き」は欲しくない。
その言葉は私を切り裂くだけ、膨れ上がった悲しみを溢れさせるだけ。
「私もね、お前が好きだよ」
まるで春のように笑う彼女。知らないだろうね、目の前の人間が心にどす黒いものをまき散らしているだなんて。
いつまで私はこのままだろう。いつまで彼女はそのままだろう。
この心の冷たさを、彼女は温めてくれるだろうか。
私の心が温まる前に、彼女の心の火照りを冷やさなければ。