目の前にそれはそれは美味しそうなみたらし団子がある。
すみません、ちょっと見栄張りました。ごくごく一般的なみたらし団子です。
例によって例のごとく、くの一教室の授業の一環だ。
団子にちょっとした薬が練り込まれている。まあ、作った人間のお好みだ。
私の団子はと言うと、眠り薬だ。
下剤や痺れ薬、自白剤、他にもちょっと口に出すのは憚られるような薬を盛るやつもいる。
私の団子は良心的だと言えるだろう。
今回の実技はこれまでの所業でくの一を疑いまくっている忍たま、特に四年生以上に食べさせるというものだ。もちろん、食べ物の中に何が入っているかなど言ってはいけない。
言ってしまえば私のように軽い薬品と口に出すのも憚られる薬品を使った子とで差ができるからだ。蛇足だが使われる薬品は全て先生の許可が下りている。
そう、この課題は忍たまに自分が作った何かしらの薬品が入った料理を食べさせることである。
そういった課題において、私は先日無敵になった。
だって鉢屋君が何でも貰ってくれるって言ったから。
課題のお手伝いを確約してもらった相手に、下剤入りなんてさすがに渡せないから睡眠薬を選んだのだ。うん、良心的。
今回は異物混入の為、勘右衛門には持っていかず、鉢屋君へ真っすぐです。
というわけで、いざ行かん、鉢屋君探しの旅へ。
探すまでもなかった。
うん、だって、ねぇ。
どうしよう、これ。
「だから、私はいらないって」
「いいじゃない、ね?ほら、美味しそうだと思わない?」
「美味しそうとかそうじゃないとかなくて、君から何か貰うつもりはない」
めちゃくちゃくの一に絡まれてる。私の同級生だ。同じ課題のはず。あの団子は何入りだろう。
ボーっと彼女の押しの強さに呆気にとられている。
鉢屋君はやっぱり男の子だからか、女の子相手に強く出られないみたいで、言葉でハッキリ言うものの、体は引いているだけで女の子を押しのけたりしない。紳士。
「一口でいい!一口でいいから」
「だから、貰えないんだ。前の課題の時にも断っただろ」
・・・やっぱり貰ってるんだ。
何で隠したんだろう?貰ってるなら貰ってるって言えばいいのに。
あ、いや、鉢屋君は貰ってないみたいだけど、鉢屋君にあげたいと思っている女子がいるってことを何で言わなかったんだろう、ってことだよ。
朝のあいさつ運動仲間だから気を使ってくれたのかな?
う〜ん、申し訳ないな。
・・・やっぱり善方寺先輩に押し付けるか。
たぶん先輩は医務室だろうから、それまでに四年以上の忍たまにあったらその都度押し付けよう。断られると思うけど。
クルリと踵を返すと、先ほどと聞こえていた同級生とはまた別のくの一の声がした。
モッテモテですね。羨ましい。
私も一度はそんな経験がしてみたい。
・・・いない。何でこんなに誰も通らないんだろう。
もしかしてくの一の課題がバレバレだったりしますか?
困るなぁ、どうしよう。
まあ、保健室に向かうだけなんですけどね。
「伊作先輩ですか?今日は当番じゃないのでいらっしゃいませんよ?」
「・・・うっそぉ」
頼みの綱が切れた。
六年の教室や長屋まで押し掛けるのは気が引ける。
しかしこれをどうにか誰かに食べさせないといけないのだ。
そう思って手に持っているみたらしを見た。
あまり交流が広くない私はすでにネタ切れに近い。
鉢屋君か伊作先輩が貰ってくれるって思ってたのになぁ。
はあ、と深くため息を吐くと、頭を小突かれた。
「何やってるんだよ」
「はい?」
後ろにいたのは不破君のお顔の鉢屋君でした。
何か怒ってらっしゃる?
「何ではそれ持って保健室前にいるんだ?」
それ、と鉢屋君はみたらしを指した。
「何でって、伊作先輩に上げようと」
思って、と言いかけたところで鉢屋君の目が据わった。何で?
「は約束を忘れた訳だ」
「へ?」
私が間抜けな返事をすると呆れたようなため息を返された。
「何か作ったら私にくれる約束だっただろう」
「ああ、うん、そうだね」
確かに約束をして、覚えていて、渡しに行ったんだけど。
「鉢屋君、断らなきゃいっぱいもらえるみたいだから、要らないかなって」
そう言うと鉢屋君の目が見開いた。おお、驚いた。
「見てたのか?」
「うん、約束してたし」
「ならそのまま渡してくれたら」
「だって、いっぱいもらえるのに」
鉢屋君はバツが悪そうな顔をする。
女の子にモテモテだったのを見られるのが恥ずかしかったのだろうか。
贅沢だなぁ。
鉢屋君の手が私のみたらしをとる。
「とにかく、貰っていいんだよな」
「いいけど」
「けど?」
一応、念のため、約束に食い違いがあると困るし。
「薬入ってるよ」
心配して言ったのに、鉢屋君は何だそんなこと、と言うように躊躇せずにみたらしを口に運んだ。
串から一つ抜き取られている。
「味はみたらしだな」
咀嚼しながら鉢屋君は言う。吟味されてる。
「無味無臭。効果は遅行性だから、部屋に戻った方が良いよ」
「他のくの一に比べると親切だな」
はぁ、と感心される。
「薬盛ってる時点で親切なんて言えないけどね」
鉢屋君は豪快に串一本を食べきった。これなら2時間は寝るに違いない。
「うまかった」
「あ、そう」
薬入りのを褒められても微妙な気分だが、作ったのは自分であることに違いはないんだから、ありがたく受け取っておこう。
「忠告通り部屋に戻るよ」
「うん、そうした方が良い」
鉢屋君はニッコリ笑う。眠くなってきているのかもしれない。
「次はすぐに私の所に持ってきてくれ」
「まだ貰ってくれるの?」
「ああ」
奇特な人だ。
あれだけくの一たちに囲まれて断るのに、どうして貰ってくれるんだろう。
鉢屋君の姿が見えなくなってから私は有力な答えを得た。
鉢屋君にお菓子を貰ってもらおうとしていた子たちはきっと、団子の中に口に出すのを憚られる薬を混入させていたのだ。
その答えにウンウン、と一人頷いた。
鈍感な人間がこの世に一人だけなはずがない。