ドリーム小説



「私久々知君のことが好きなんだ」



部屋の中にいる君が誰かにそう言っているのを部屋の外にいる俺が聞いた。

人に好かれているということは喜べることであるはずなのに、ざわつく胸の感覚が不快感でしかなかった。



君の笑顔が嫌いだ。

俺を好きだという君が大嫌いだ。









「これ、土井先生から預かってきたよ」
「ああ」
差し出された書類を久々知はすばやく受け取った。
「今からやるでしょ?私皆を呼んでくるよ」
「ああ、いや、俺が行く」
ツンと突き放された言葉にの眉が下がった。
しかしすぐ無理に笑う。
「そっか!!じゃあ私準備してるね」
「ああ」
久々知はを一度も見ずに行った。



は誰もいないことを確認して、しゃがみ込んだ。






「それで、あ、ちゃん、これは?」
「それはあっちに」
「あれ?」
「そうです」
「ありがとう。あ、それでね」
「はい」

まだ仕事に慣れないタカ丸をが指導する。
下級生は久々知が見る。



薄暗い蔵の中で二手に分かれて作業をすれば、交わらない会話が出てくる。




「久々知先輩、これはどうすれば?」
「ああ、それは」
ちゃ〜ん」
「はーい」




上級生は頼られて忙しい。



そうこうドタバタしているうちに日が暮れた。

真っ暗な中で久々知がふうっと一つ息をついた。




「だいぶ終りが見えたな。これならすぐ終わるだろう」
「はい!」

久々知の言葉に伊助が嬉しくて返事をした。



「ん〜」と久々知が唸る。

実はすでに夕食の時間を過ぎていた。久々知の目がタカ丸の方を見る。

「タカ丸さん、三郎次と伊助を連れて食事してきてください」

「え!!僕まだできるよ?三郎次くんと伊助君だけで」
「僕もまだいいです!!がんばれます」
「俺だって」

それを久々知が「いや」と止める。

「さすがに食堂が閉まるまでに終わりそうにないから。帰りに2人分のお握りもらってきてもらえません?」
「で、でも、あ、ちゃんが2人と一緒に行けば」
は主戦力なので」
「あ、そっか」

タカ丸がほかに何か考えるが、それに対しはタカ丸の背を押す。

「私は大丈夫ですから、三人で食べてきてください」
「いいの?」
「はい」

タカ丸は申し訳なさそうに頷くと、2人を連れて外に出た。

「出来るだけ早くおにぎり持ってくるからね」












真っ暗な中で無言の作業が続く。


にとって久々知と一緒にいることは嬉しいけれど、辛いことだった。
ある日を境に久々知のに対する態度はとても冷たいものになった。

は久々知に嫌われていることに気づいていた。
それでも好きだから、辛くて辛くて堪らなかった。
へこんでいる姿なんて誰にも見られたくないから無理に何でもないふりを続け、見えないところで落ち込んだ。




カタリカタリと作業を続ける音が響く。
冷たい態度をとられないで側にいられるなら、は無言のままでよかった。



ゴンと鈍い音がする。小さな音なのでが出した声にかき消された。

「いたっ!!」

は壺が見えていなかったのだ。壺は大きいので躓いたりしないが、膝をぶつけてひどく痛かった。思わずしゃがみ込む。





「大丈夫か!!?」

「だ、大丈夫」


驚いた。久々知の声に。嫌われているんじゃないんだ、と思わせる態度に、「ああ、委員長代理だから」と後ろ向きな考えが立つ。
それでも大声をあげて駆け寄ってきてくれたことにの胸がキュッと締まる。

久々知はの前にしゃがむ。

「怪我か?」


「あ、いや、あの、膝を打っただけ」



「あ、ああ。そう」
「う、うん」
久々知の声が戸惑っているのがわかる。


「気をつけて」
「ごめん」

すくっと立ち上がる久々知。
冷たくされたら辛いのは分かっているのに、久々知が離れていくのが寂しい。

心の中には先ほどと違う「冷たくされてもいいからそばにいてほしい」という気持ちが生まれる。

無意識のうちに久々知の裾を掴んでいた。



「なに?」


上から声がかかる。また冷たい。
離そうとしたが手がうまく使えない。フルフルと震える。






「私のことが嫌い?」






頭が真っ白になる。

気付かないうちにこえが出ていた。は驚いて口を塞ぐ。

しかし言葉はすでに久々知に届いている。

久々知は少し間をためて言った。




「嫌いだよ」




知っていた。それでも正面から言われるのと感じるのでは全く違った。目に熱いものが込みあがってくる。

「何、で?」

端々の声がかすれる。



「一緒にいるとすごくモヤモヤする感じがするんだ。それが気持ち悪くてしょうがない」



には自分が気持ち悪いといわれているように思えた。

力なく腕が下がる。ホロホロと涙が頬を走る。



「私、何かしたっけ」


「・・・教室でと誰かが話してるのを聞いたんだ」



は首を擡げ久々知を見上げるが、彼の顔は闇に隠されて見えない。







が、俺を好きだって」








はカッと顔に血が昇るのを感じた。まさか本人に聞かれていようとは思いもしなかった。


そして絶望した。

想いを知られた上で拒絶されていたのだ。
もうどこにも望みはない。




「それがとても嫌だった」





もう何も言わないで。

流れ続ける涙を隠すように顔を覆った。相手から見えていないと分かっていても、隠さずにはいられなかった。
嗚咽が止まらない。


、立って」


久々知がいきなりそういった。はそれに眼を丸める。信じられないものを見る目で久々知を見た。

相手の表情などわかるわけもない。もしかしたら自分が泣いていることに気づいていなんじゃないだろうか。



反応しないに久々知が焦れた。


「早く立って!!」


強くなった口調に、は渋々従う。

頬の涙を手のひらでぬぐった。

「なに」
「・・・いや、ごめん」
「わけわかんない」


がグスリと鼻を鳴らした。

「俺も、わかんない」

久々知の言葉には呆れて思わずため息をついた。



「久々知君はさ、私がその、久々知君のことが、好き、だから私のことが嫌い?」


既に知れていることなのだが、今まで隠してきたことを本人に言うのには抵抗がある。そしてこれの答えは間違いなく恋を終わらせるものなのだ。



「そうだと思う」

はくっと唇を噛みしめる。そしてゆっくりとそれを解いた。

「じゃ、すぐには無理だけどこれから久々知君のこと、なんとも思わないようにするから、せめて、以前に戻れない?
同じ委員会で嫌われたままってのは嫌だから」


震える唇で言葉を紡いだ。


正直、この恋を忘れることができるなんて今は思えない。それでも時間が経過すれば薄れてしまうんじゃないだろうか、と期待する。
この提案すら拒否されたら、もう彼に近づくなんてことさえできなくなる。


「なんとも思わない?」


久々知がの言葉を繰り返した。
の目が久々知から逸れ、下を見た。


「何とも思わないっていうか、その、友達の感覚に戻るって言うか、その、そういうことはできない?」


が立っていられるギリギリのライン。

それでさえ許されなければ、は恋心になにも残せない。


久々知の小さな声が聞こえた。「ん〜」と考えているような声だ。

久々知は自分より小さいの影を見て言った。


「出来ないかもしれない」


耳に言葉が入りきった瞬間、は顔を下げ拳を握り締めた。
少しも躊躇なんてしなかった。
だって予想していた答えの一つだから。


「わかった。これから私は必要不可欠な時以外は久々知くんの前に現れない、話しかけない」


素早く背を返すと、さっさと終わらせてしまいたい作業に戻る。

懸念は一つだけ、再び溢れ出しそうな涙で火薬を湿らせてしまいそうなこと。








手早く自分の作業を進めるの後ろから土が刷れる音がした。
間違いなく久々知が後ろにいる。
しかし当然は振り返らない。
久々知は首をかしげた。




は泣いてるのか?」


の動きが止まる。
作業中の壺の端を握り締め、肩を震わせた。


「それは、ないんじゃない」


ようやっと振り絞った声でそう言った。


「好きな人に嫌いって言われたのよ?そりゃ泣きたくもなるってもんでしょ」


言ってすぐは唇をかみしめる。
悔しい、何が悔しいのかわからないけれど、どうしようもなく悔しい。

「ごめん」

久々知が素直に謝る。
は小さく目を動かし、後ろを窺った。

「違うの、いいの。私が勝手に好きになって嫌な思いをさせたんだから」




「だからいいの、私を嫌うのは」

ゴンと、固い拳が壺の端を打った。
ぐっとの喉からくぐもった声がでる。



「でも、泣いてるかなんて聞くのは配慮に欠けるってもんじゃないの!!?」





は沸々とこみ上げる怒りに似た感情に任せて振り向いた。




「私の気持ちを嘘だって思わないで!!」



怒りではない。これは悲しみだ。
好きな人に嫌われる悲しみのほどを彼は理解できないかもしれない。
それでも、それを予測することなどできるはずなのに。
泣いているのが信じられないという久々知の発言は自分の恋を疑われているに等しい。

信じてもらえない想いはどこへ向ければいいの?

叫んだためには肩で息をする。
涙は出ない。





「ごめん、嘘だなんて思ってない」



はまた久々知に背中を向けた。


「それならいい。怒鳴ってごめん」
「うん」


久々知はまだの後に立っている。
無言のままその時間は経つ。
はその距離と沈黙が辛くて、作業に集中するように手を動かす。


は、これから俺に会わなくなる?」

「極力ね。新学期の委員会決めも火薬以外にするから」

もう会話なんてやめてしまいたい。これ以上、傷つくなんていやだ。

「久々知君、作業したら?今日中に終わらなくなるよ」

離れてほしい。早く終わらせて焔硝蔵から出て、自分の部屋に帰って、布団かぶって、寝たい。
久々知は「ああ」と答えるが、動かない。
それどころか一歩近付いてきた。





の体に力が入る。


久々知の考えは全く分からない。
嫌いなら近づかないといい。
それがお互いのためなのだから。




「俺さ」




久々知が小さく口を開く。










の傍にいたい」



「・・・は?」

が振り返る。



「仕事に戻るべきなんだけど、ここを動きたくないんだ。というか、もう一歩二歩そっちに近づいたい」

「え、えっと」

は思わず後ずさった。しかし壺があるためうまくいかない。


「何言ってるの?」

「わかんないけど、なんか、そばに行きたい」

は眉間に力を入れた。


「からかってるの?」

「いや、本心」



からは久々知の表情なんてわからないけれど、声の低さや、彼が本来人をからかうといった性格でないことから、本当のことであると考えられる。
それでも先ほどまで自分を嫌いと言った久々知の言葉に裏がないとは思えなかった。




「それは、殴りたいとか、嫌いすぎて」

「触りたいとは思うけど、どちらかというと、抱きしめたい、かな」



長い長い間が空いた。その間も久々知も身動ぎ一つしなかった。
お互いに見えない顔を見つめあう。




「意味が分かんない」

「俺もわかんない」




先ほども繰り返した会話。

には今の状況が全く理解できていない。

久々知はいったい何を思って言うのか。




「私が嫌いなら、近づかないで」
「・・・無理」



そう言いきると、久々知は一気に三歩近付いてしまった。
は後ろ手に壺につかまり、壺と密着した。
久々知との距離が近い。



「なあ、これって何なんだろう。を見ると、すごく胸がうるさいんだ。が笑うとそれがひどくなる。
俺を好きだなんて言った時は、それに飲み込まれてしまうんじゃないかってすごく不快だった。自分が自分でなくなりそうなんだ」



「し、知らない」

が身を近づけてくる久々知にあせって答えた。
暗闇で何を考えているか分からない異性に近づかれるのは、少し怖い。
久々知はそれに気づいたのか、半歩下がった。
がホッと息をつく。

の背中を見ると、息が出来なくなりそうなほど胸が詰まる。縮んでる姿を見た時もきつかったんだ」

先ほど久々知が声を荒げて、に立つように言ったのはそのためだった。
胸が押し潰されそうな感覚から逃れたかった。


「これは、と関わらなければ治るんじゃないかって思ったけど、
が近付いてこなくなるってなったら、何がどうってわけじゃないけど、どの感情よりも嫌だった。
なあ、これってどういうことなんだろ」


「だから、知らない」


問いかけられる質問の答えを当然は知らない。


それでも縋るような声を出す久々知を助けたい。
惚れた弱みだ。





「その、私の都合がいいように解釈させてもらうなら」
「うん」




口に出すのを躊躇う。都合よく解釈しすぎだと思う。
そうであったのならどれだけ嬉しいか、希望を再び持つものの、また突き落されるのは怖い。
自然と目は久々知から逸れていた。





「背中を見た時の、胸の詰まりはちょっとわかるって言うか」
「ん?」


「あの、つまりその」
「うん」




「私が久々知君の背中を見た時もそうなります」
が俺を?」






は小さく頷いた。顔が火を噴きそうなほど熱い。
久々知が何も言わない。

やはりはずした、そうは思った。




「ごめん、やっぱり今のなしで」
「なしって、嘘って意味じゃないだろ?」
「まあ、はい」
「何で敬語?」
「なんとなく、です・・・」



肩身が狭くなる。顔を伏せってしゃがみ込みたいが、また久々知の機嫌を悪くさせるとおもうとそれもできなかった。



は俺を見て胸がうるさくなる?」
「・・・どきどきとは、するけど」

「一緒にいたらモヤモヤするか?」
「もやもやというよりも、こう、込み上げてくるものがあります・・・」





いったいこれは何なんだろう?新手の拷問?何で好きな相手に事細かにその感情を説明しなければならないんだ。
絶対に今の顔を見られたくない。焔硝蔵が火器を使えない場所でよかった。
はその一点だけに安心した。


久々知の質問は続く。

は俺が好きなんだろ?」
「・・・それ何度も言わせないで」



「じゃ、俺はが好きなのか?」



「それは私じゃ何とも・・・。私が助言するのは間違ってるでしょ」


「それもそうか」





「ところで
「なに?」



「触れてもいい?」



久々知の手がの頭に延びていた。
ふっとの息が詰まる。



「・・・ダメ!!」



大声で拒否した。手も振り払う。
寂しさと悲しさを織り交ぜた視線で久々知の影を見る。


「好きじゃない子に、簡単に触っちゃだめ。勘違いしかできなくなる」


手に力を込め、拳を作り、決心して久々知を見た。


「久々知君が私に触りたいって言ってくれてることから、嫌われてるんじゃないってことがわかるよ。でもね、その先の答えを出すのは久々知君だよ」


久々知はその言葉に納得して頷いた。また静寂に戻る。

は居難さに身をよじり、また作業に没頭しようとする。

しかしそれは叶わない。










瞬間的に顔が熱くなる。
後ろを振り返るが、やはり相手の表情はうかがえない。


「な、何を、急に」




名前を呼ばれただけのこと。それでも久々知が呼べば、の心臓を強く揺さぶる。



、返事」
「へ?」
「呼んだんだから返事して。
「は、はい」
「うん、これだ」


久々知の中で結論が出た。



「じゃあ、。俺の名前を呼んで」
「え、久々知君」
「違う、俺の名前は?」
「久々知兵助」
「違う、名前だけ」


には分かっていた。久々知が下の名前を呼ぶように言っているのを。それでもどうしても、恥ずかしくて違うものを出していた。
しかしもう他はない。
顔に血が集まってくるのがわかる。焔硝蔵に入ってから、泣いたり、照れたり、恥じたり感情の変化が忙しい。





「へ、へい、すけくん」




ドモった上に声が裏返った。
さらに恥ずかしさがこみ上げる。
もう言えない。そう思うだが、久々知は違った。


「『くん』はいらない」
「・・・兵助」


「うん、もう一回」
「兵助」


「もう一回」
「兵助」


久々知はそれに浸るように目を閉じた。





「お願い、もう一回」
「兵助」




兵助の腕がを抱きこんだ。一瞬のことには目を丸くする。

「え、あ、えっと、え?」

混乱する。体を動かそうとするが、さらに久々知の腕に力がこもってを逃がさない。





「ごめん、今気づいた。俺、のことが好きみたい」

「いや、その、え?」




すでには容量を超えていた。抱きしめられているところから状況を理解できていない。



「俺、理屈で動いて、理性が強いからそれがなくなるのがすごく嫌なんだ」

腕の力が緩くなる。


「だから今みたいに、自分でも予想外の行動とると、すごく驚いてる」

「へ?」

今抱きしめているのは、久々知が意識した行動ではなく、無意識での行動らしい。



「頭真っ白だよ。でもすごくこうしたかった」



久々知の頭がの肩に乗る。
癖のついた髪の毛がの頬を擽る。それを逃れるように首をそらすと、自然と胸と胸の間に隙間ができた。腕をすべりこませた。


「嬉しいけど、久々知君勘違いしてるかも」


嬉しい反面、勘違いであったときのことを危惧すれば落胆は激しい。
も久々知の肩に頭を預けたかったが、それを考えればできなかった。


「私がそういう考えになるような言い方しちゃったんだ。今久々知君冷静じゃないよ」

の離した距離を久々知が腕の力によって縮める。間にの腕を挟んだままだ。


「冷静じゃないよ。すごく胸がうるさい。何も考えられないんだ」

「そうじゃなくて・・・」


久々知の頭が甘えるように肩をこする。
「さっき斉藤さんとが話していて頭にきた。が離れていくって考えた時の感情と似ていた。
てっきり俺は作業中に無駄話をしていたことが許せないんだと思ったんだけど」



久々知が頭をあげ、との間に少し距離を開けた。腕が離れる。
残る体温に名残惜しさを感じる。
前に出していたの両腕をつかんだ。




「俺以外の男がを呼ぶのと、が俺以外の男を名前で呼ぶのが許せなかっただけなんだ」



その腕を横に広げさせ、その下から今度は抱きかかえるように背中に手を回した。
また距離がなくなる。
まるですでにそこは定位置であるように久々知の頭はまたの肩にのった。



「証拠に、今すごく胸がうるさいのに心地いいんだ。ずっとこのままでいたいくらい」



肩にかかる久々知の重さに、胸にある体温に、自分をとらえている腕の強さに促されて、は恐る恐る久々知の藍色の衣の端をつかんだ。


「言ったのに、勘違いしかできなくなるって」
がするのは勘違いじゃない」






「俺を信じること」





その言葉に応えるようにの両腕は久々知の背中をつかんだ。
強く久々知の肩に顔を埋める。

ドクドクと早鐘のような心臓の音が2人の耳には届いていた。
















2人の耳に別の音が届く。
ギギギといった木の軋む音。
目だけでその方を見れば、蔵の中なのに光が差し込む。
その先には三つの影があった。


タカ丸は微妙な笑みを浮かべ、三郎次はポカンとしながらも伊助の目を塞いでいる。

それを見た久々知もも呆然とする。


また軋む音とともに蔵の中は薄暗くなった。









「先輩、何を隠したんですか?」
「なんでもいいだろ」

伊助が三郎次に尋ねるが、三郎次はバツが悪そうに誤魔化した。

「三郎次くん」
「なんです?」

タカ丸が神妙な面持ちで三郎次を呼んだ。


手に持っているものを差し出す。











「お赤飯の方がよかったかな?」




「そういった気の回し方はやめた方がいいですよ」



真剣に悩むタカ丸だが、そんなことをすればがどれだけ恥ずかしがるか三郎次には予測ができていた。

ふうっと大人びた溜息を三郎次が吐く。

そしてまた深く息を吸うと、蔵の中の二人まで届くような声を出した。




「タカ丸さん、僕食べ過ぎてお腹がきついんで、運動場でも走ってきませんか?」

その言葉にタカ丸もピンと来たのか頷いた。
「そうだね。5周ぐらい走ってくる?もちろん三人で」
「え〜、僕い」
言葉を続けようとした伊助の口を三郎次が閉じさせた。
ズリズリと伊助を引っ張り、三人で仲良く運動場へ移動した。


















蔵の中では三郎次の気遣いと見られた恥ずかしさにより、が久々知を突き飛ばし、床にしゃがんで腕に顔をうずめていた。
それに久々知が不満の声を漏らす。


「なにがそんなに恥ずかしいんだ」
「後輩に見られたのよ!っていうか人に見られるのが恥ずかしいの!!」
「なにが恥ずかしいのかわからない」
「わかってよ」



首をかしげる久々知にため息をつきそうな声では言った。

顔を上げる気配のないを背中から抱きしめる。


「ちょっと、久々知君」

「兵助」

呼び方にすかさず注意がいく。

「・・・兵助」
「うん?」
「さっき見られたばっかりなんですけど」

恨めしそうな声を出すが、久々知はまた首をかしげた。


「うん。走りに行ったからもうしばらく帰ってこないだろ?」

ぐっと腕に力がこもる。








「ほら、だからもうちょっと」










本当は狂愛になるはずだったのに、いつの間にか久々知君がただの鈍感男に・・・。

とても難産でした。


2009/12/29