ドリーム小説
私の部屋で本を読み続ける女がいる。名前は。私の恋人だ。
彼女の特徴とするなら、とにかく淡白だ。
恋人の私と二人きりでいるにも関わらず、イチャイチャさせてくれない。
ずっと本に夢中なのだ。
私が話しかけても相槌が返ってくるだけで、話題が発展することはない。
「今日は天気がいいな」
「そうね」
こんな感じだ。
男としては、ちょっとくらい彼女に甘えられたり、頼りにされたり、何か強請られてみたいものだ。
できれば拗ねて見せたりしてほしい。
「そういえばさっきさぁ」
「うん」
やはり目を本から離さない。こちらの話を聞いているのかさえ定かではない。
「くの一の四年生に勉強教えてあげたんだ」
「へ〜」
「そういえばあの子けっこうかわいかったなぁ」
「そう」
「私が教科書覗き込むと顔赤らめてさ」
「うん」
「あの子私に気があったりして」
「へ〜」
「そういえば名前聞くの忘れてたな・・・」
「そう」
聞いてない、確実に聞いてない。
相槌をずっと繰り返しているだけだ。
「うん」「へ〜」「そう」の三種類を回して使っている。「うん」だけに絞らないのがテクニックだと思う。微妙に「聞いてるかも」って思わせるから。
私がを恨めしく睨むと、は本を閉じて私に視線を当てた。
嫉妬してくれるか、なんて期待をもつ。
修羅場があるかもしれないのに、こんなにワクワクしている私はきっと刺激を求めていたのだろう。
「三郎」
「うん、何だ?」
「本の続きが気になるからこれ借りて行くわ」
今まで読んでいた私の本を彼女は持ち上げ、借りていくという意思表示をすると立ち上がり、部屋から出て行った。
いやいやいやいや。
ちょっとくらい男心を分かってくれ。
「まあ、確かにちょっと甘えてくれたり拗ねたりしてくれたほうが、女の子の可愛げあるよな」
「やりすぎると鬱陶しいけどな」
私が昨日起こったこのことで不満を漏らすと、八左ヱ門と兵助が同意した。
「って本当淡白って感じだよな」
「話しかけても「何?」って感じだしな」
「そうなんだ。私はもっと束縛されたいんだけどな」
「はは、三郎そうなのか?」
「でもそれだとは厳しいな」
「まず表情が変わらないし」
「目が冷めてるんだよな」
人の恋人を持ち出して、まるで冷血女であるかのような発言をする二人にむっとする。もちろん、もともと持ち出したのは私だが。
「でも三郎はそれがわかっててさんと付き合ったんだよね?」
雷蔵が笑って言う。
確かにそれに違いはない。私は彼女の淡白さを含めて好きになった。
彼女の良いところは学園で、いや、世界中で私が一番多く知っているに違いないという自負もある。
だから今回の行動はちょっとした気まぐれみたいなものなのだ。
「まあ、な」
ん〜、と兵助が唸った。
「ところでそういうことをして三郎は大丈夫なのか?」
意味の分からない質問をされる。なにが大丈夫なんだ?
「何の話だ?」
「あれ?聞いてないのか?」
兵助の目が意外そうに丸くなる。しかしすぐに小声で「まあだからな」と頷いた。
「、昨日告白されてたぞ」
「・・・・・・は?」
「へ〜、三郎以外にもいるもんだなぁ」
八左ヱ門が面白そうな声色で言う。
「それは本当か?」
「嘘なんかつかないぞ」
兵助が心外だとばかりに眉を顰めた。
「そういえばさ、彼がほかの女の子と親しくしてるのを見て傷心して、他の男がそこに付け込んでいい風になるっていうの聞くよな」
八左ヱ門が三郎の不安を煽る。
三郎は立ち上がると、急いで部屋から出て行った。
「八左ヱ門は意地悪だね」
「だって三郎が焦るの面白くないか?」
「他の場面じゃ見れないからな」
彼女の部屋の障子を勢いよくあける。大きな音がした。
部屋には彼女の同室がいた。
「ど、どうしたの、鉢屋」
目を点にしたくの一が私に尋ねた。
「は!!?」
「え、たぶん図書館に」
「わるいな!」
私は障子も閉めずに図書館に向かった。
さすがに図書館の戸を先ほどのように開け閉めするのは気が咎めた。
音をできるだけたてないように素早く体を滑り込ませる。
人の少ない図書館ですぐには見つかった。
「」
小さい声で話しかけると、彼女は珍しくすぐに本から私へ視線を移した。
「なに?」
「話がしたい」
は首をかしげたものの頷いた。
本を棚に戻すのを確認して、私は図書館の外に出た。
「どうしてお前は何も言わないんだ」
彼女はまた首を傾げた。本当に私が言っていることが分からないのか?昨日の今日だろう。
「兵助がお前が告白されているところを見たって」
「されたけど」
私の言葉にさらりと返答がある。
「おまえは、それ、どうしたんだ」
「変なこと聞くのね」
自分の恋人が告白されたと聞いて、少しも不安にならないわけがないじゃないか。
私の眉間に力が入る。
彼女の顔はまだ何の感情も映し出さない。
「私の恋人は三郎でしょう?断るにきまってる」
「本当にか?」
彼女が軽く息をついた。
「それ以外の事実はないけど」
淡白だ。知っていた。それを含めて好きだ。大好きだ。
でも、今は不安でしかない。
「は本当に私が好きで付き合ってるのか?」
聞いてしまった。彼女の気持ちを疑った。
後ろめたさで手で目を覆う。
彼女の反応が怖い。
それでも漏れてしまった不安が一気に流れ出る。
「お前は私と一緒にいても楽しそうに見えない。いつも私の話に相槌を打ってばかりだ。
これがしたい、あれがしたいなんてことも言わない。私が他の女と話していても気にしない」
目に当てた手に力が入り、前髪をクシャリと握りこんだ。
「の中に私はいるのか?」
下を向いた私の目の端に人のつま先が映る。
「私は欲が薄いのか、これがしたい、あれがしたいと思うものが少ないの」
また少し、目に映る足の部分が増える。
「ただ、いつも思うのは私の隣には他の誰よりも三郎にいてほしいし、あなたの傍らには他の誰でもなく私を置いてほしい」
また少しだけ増える。
「ここの場所が何より欲しいの」
きゅっと衣を摘ままれた。
「あと、三郎が他の女の子と話していて何も思わないわけじゃないのよ」
が初めて甘えて、初めて強請って、初めて嫉妬しくれた。
こいつはどれだけ私のつぼを心得ているんだろう。
さっきまで不安で滲んでいた心が、柔らかく暖かいものに包まれる。
顔をあげて彼女を見る。
表情はいつもと変わらない無機質なものだけど、頬が仄かに紅い。
「いつも、いつまでもここはお前のだ」
彼女がもっと傍に来るように、私は彼女を引き寄せた。
「そういえば、三郎には残念な知らせがあるの」
「なんだ」
「昨日、三郎の部屋を出て行ってから私はくの一長屋に戻ったの」
「それで?」
「三郎は私のものだと公言してきたから、これから可愛いくの一の後輩が訪ねてくることはないわ」
彼女の意外と嫉妬深い面を見て嬉しいと思う私はきっと、もう彼女から離れられないのだと思う。