※1 この話にはグロ・死ネタが含まれます。苦手な方は御覧にならないでください。
気分が悪くなっても責任はとれません。
※2 グロテスクな話好き!と言う方には温いかと思います。期待なさらないでください。
※3 食事中に御覧になるのはお勧めできません。
「なあ、。卒業したら一緒になろう」
「えっ」
「何だ、嫌なのかよ」
「そんなわけない。びっくりしただけ。すごく嬉しい」
安心したようなあなたの笑みに、私は嬉しくて、堪らなく幸せで涙を溢してしまった。
止めようとしても余計溢れて来て、あなたはうろたえて、それを私が笑うとあなたも楽しそうに笑うの。
「は感動しいだな」
「だって、嬉しくて」
あなたの大きな手が私の肩を抱き寄せる。
「子どもはたくさん欲しいな」
「ちょ、子どもって」
「何焦ってんだよ。、男の子と女の子どっちが良い?」
「どっちでもいい」
あなたとの子なら、と恥ずかしくて言えなかった。
「そうだなぁ、俺は一人目は男が良いな。その後女の子で、兄ちゃんが妹を守るんだ」
「それが理想?」
「俺は、な。名前何にする?」
「気が早いなぁ」
「そんなことない。今のうちに考えとかないと追いつかなくなるぞ」
ニヤリと笑うあなたにおかしさがこみ上げて来て声をあげて笑ってしまった。
「もう、留三郎ったら」
卒業してから新生活が始まり、祝言を上げるのはそれが落ち着いてからという話になった。
それから早々にあなたの仕える城が不穏な状況になり、あなたは長期の仕事を上から命じられた。
出かける前、私を安心させるために笑ったあなたは私の頭を撫でて言ったの。
「この仕事が終わったら祝言を上げよう。準備しといてくれ」
私は不安と楽しい未来を思い浮かべ、はい、と返事をした。
それなのに、帰ってきたあなたはどうしてこんな吐き気のする臭いを纏っているの?
人に運ばれて帰ってきたあなたは、まだ一言も私に声をかけてはくれない。
どうしてか集まってきたかつての同級生たち。
目を涙ぐませながら、じっとあなたを見つめている。
「、しっかりして」
「気を確かにね」
私の肩を抱いたり揺すったりして、みんな同じことを言った。意味がわからない。
私は寝たままのあなたに近づき、そっと呼びかけた。
「留三郎」
学生のころから日向を歩くあなたの肌は黒く焼けていた。だけれど今のあなたの肌は土のように黒ずんでいる。
顔を近づけるほど鼻につく臭い。
愛したあなたの臭いであるはずなのに、吸い込むのを体が拒否をして無理に出そうとする。
何度も咳をした。肺にある空気を全て出してしまうようだった。涙が出る。
そんな私の背中がゆっくりと擦られる。視線を上げてみると、善方寺が私と同じように目に涙を溜めていた。善方寺もむせたのだろうか。
「無理もない。この時期にもう10日も経っている」
何を言っているのか分からない。この時期?10日?
「・・・酷なことを言うようだけど、葬儀はどうする?」
そうぎ?
「ちゃんが無理だったらこっちで準備していいけど」
「そうぎ・・・」
あなたの顔を見る。閉じられた目がいつもより膨らんでいるような気がする。
「分からないわ」
何が一体どうなっているのか、まったくもって私には理解が出来ないの。
「ねえ、留三郎。帰ってきたんだから、祝言、あげるのよね?」
布の下に隠れた手をさする。いつも私に触れていたあなたの手は温かく、乾いていて硬かった。それなのに今のあなたの手は冷たく、まるで水の袋を触っているように柔らかい。
「祝言上げて、一緒になって、子どもが生まれて、一人目は男の子が良いって・・・」
「」
グイッと肩を掴まれ、引かれた。潮江の顔が映る。いつものように目の下は黒く、今日は眼球が赤く染まっていて鬼の形相に拍車をかけているが、情けない顔のせいか恐ろしくはない。
「3日待つ。それまでに別れを済ませろ。いつまでも置いたままでこいつを辱めるわけにはいかんだろう」
「辱める?」
「準備はこっちで進めておく。俺を含め全員近くで休むようにするから、何かあったらすぐに言いに来い」
言い終わると潮江は一度顔をクシャリと歪めて、隠すように顔を背けた。
私は彼に悪いことをしたのだろうか。
人がいなくなって広くなった室内で問いかける。
「ねえ、留三郎。私何かしたのかな」
ねえ、どうして笑いかけてくれないの?
優しい春の日差しの様なあなたの笑顔を見せて。
色んな理想を語りながら私に「なあ?」と問いかけて。私は必ず頷くから。
少し甘えるようにあなたのお腹に手をのせて、そのまま頭ものせようとしたけれどやめた。柔らかすぎて潰してしまいそうで怖かった。
臭いはもう平気になった。ずっと吸っていれば慣れてしまう。
それどころか、これが留三郎の物だと思うと香しくさえ思えてきた。
「ねえ、留三郎、一緒になるのよね、私たち。一緒になれるなら私は裕福じゃなくていい。貧しくていい。住むのが地獄だって構わない。あなたが隣にいるなら」
普段は誰が聞いているか分からないからこんなこと言えないけれど、今は家の中にいるのは私とあなただけだから。
「留三郎のご両親にも早く挨拶に行かないと。だから留三郎もちゃんと私の両親に会ってね。恥ずかしいのなんてお互いさまなんだから」
私が笑っても、あなたはウンともスンとも言わない。
「今日晩御飯何にする?あ〜、でも面倒ね。今日は良いわね。それよりもっといっぱい聞いてほしいことがたくさんあるの。留三郎がいない間に色んな事があったの」
星が空に満ちるまで、私はあなたと話し続けた。
眠くなったからあなたの隣に入り込む。
いつもなら私が入る所を開けてくれるし、強く抱きしめてくれるのに今日は全く動いてくれない。
体が酷く冷たい。温めるためにあなたを抱きしめてみた。でも壊れそうで怖くて、腕の力は段々弱くなった。
あんなに逞しかったあなたが、本当にどうしたっていうの?
「ねえ、留三郎、式って別にしなくてもいいんじゃないかしら。お披露目みたいなものだけど、私は親しい人だけ知っていてくれればいいし。一緒にいられればいいのよね。結婚ってそういうものだと思うのよ」
布団から抜け出し、簡単な朝ごはんを作る。
二人分の食事を盛り付け、台を運んだ。
でも留三郎はお腹が空かないようで箸を付けなかった。
「ねえ、留三郎。私ね、あなたが一緒になろうって言ってくれた時本当に嬉しかったの。泣いたの覚えてる?それ見て留三郎は笑ったのよ。今思うとひどいわよね。もう。そういえばこれは話してなかったけどね、あ、ちょっと恥ずかしいな。あのね、その日の夜は嬉しすぎて夜眠れなかったの。別に次の日結婚するってわけじゃないのに。変でしょ?でもそれくらい私にとっては素敵なことだったの」
つい思い出して、暖かい気持ちになる。幸せってこの暖かさのことを言うのね。
あなたの頬に手を伸ばして撫でた。以前の様な張りがない。それどころか少し皺が出来ていた。唇に色がない。
「そういえば、一緒になるって不思議な表現よね。一緒って一つになることじゃない。祝言上げたら私は留三郎と一つになれるのかな」
そっと膨らみの無くなった唇を撫でる。
「でも一つになったら3人にも4人にも5人にもなれるのよね。不思議。ふふっ、楽しみね」
つい、唇に口付けてしまった。
愛おしさが抑えきれなかった。自分の大胆さに顔が熱くなる。
「はしたなかったわね、気を付けるわ。仕方ないじゃない、したかったんだもの」
晩御飯の用意をしながらあなたに問いかける。
「ねえ、留三郎、一つになるって何かしら?夫婦ってどうやったって二人よね。じゃあ、一緒になるって夫婦になることじゃないのかしら?それなら私たち一緒にはなれないのかしら?でも、留三郎、一緒になろうって言ってたものね。なら、私も一緒になりたいわ。どうしたらいいのかしら。一つになる?」
返事はないけれど、きっと留三郎は考えてくれてる。どうしたら留三郎と一つになれるのかしら。そもそも人間が一つになるってどういうことかしら。
一緒になるってこんなに難しいことだったかしら。
「今日はね、簡単に雑炊なの。でも山菜を入れるからきっと美味しいわ」
今朝お隣さんがわざわざ持ってきてくれた山菜はまだ泥が付いていて、それを洗い流して根を切り離した。
日が落ちて、部屋は闇に包まれた。内緒話をするくらい寄らないとあなたの顔が見えない。
「ねえ、留三郎」
ユサユサと寝たままのあなたを揺する。
どうして何も答えてくれないの?どうして?どうして?
「留三郎、留三郎、留三郎」
怖くなってもっと強く揺する。
身を乗り出したらグシャリと何か柔らかい物を膝で踏んだ。
膝を持ち上げてみると、布に茶色い何かが染みている。恐る恐る布を捲ると、あなたの腕が潰れていた。周りに血とは思えない黄色く濁った液体が広がっている。
私はなんてことをしてしまったのだろう。
「・・・ごめんなさい、ごめんなさい」
慌てて飛び散ったものを手でかき集める。それを元の場所に押し込んだ。でもすぐにデロリと落ちてしまう。
何度も何度も繰り繰り返したけれど、それがもとの形に戻ることはなかった。
「留三郎・・・」
この液体もあなたなのだ。これが、あなたなのだ。
「ああ、そうか」
やっと分かった。一緒になるって意味が。
「そっか、留三郎、私分かったよ。そうだよ、私たち、一緒になるのよね」
分かった途端、安心した。あなたとずっと一緒にいられる。
もう、あなたがどこかへ出かけて一人で待つ必要もなくなる。
「よかったぁ」
零れたあなたを手の平にすくい取った。もう臭いなんて分からなくなっていた。
手を顔の位置まで上げて、口に当てる。
そのままあなたを私に流し込んだ。
分からなくなったはずのあなたの香りがまた私の鼻をつく。口には苦みとひどくネッタリとした感触が残った。
これが一緒になるということなのだ。
幸せすぎて頬が緩む。
手の平に残ったあなたを嘗め取った。まだ足りないだろうか。
またあなたの腕に手を伸ばす。
指でつまむと、簡単にあなたの欠片ができた。
それをまた口に流し込む。
「ふふっ、幸せ、留三郎、私すごく幸せ」
手を頬に滑らせ撫でる。
ふっとあなたの頬を濡らす液体に気が付く。目頭が熱い。
「やだ、私、どうしたのかしら。嬉し涙ね」
恥ずかしくて涙を親指で拭った。それでも涙はとめどなく溢れてくる。
「あなたと一緒になれたのよね」
そこで腹部に痛みを感じた。
内部から押し上げるような猛烈な痛さだ。経験したことがないような激しい刺激。
けれどすぐにそれが何か私には分かった。
「ああ、これが陣痛なのかしら」
あなたと一緒になったから。
「ああ、痛い。こんなに痛いものなのね」
汗が出てくる。けれどこれがあなたと私が一緒になった証拠なのよ。
震える体を必死で立ち上がらせ、土間へ。そこから包丁を持ってまたあなたの横に座る。
「ねえ、留三郎、早く赤ちゃんに会いたいね」
更に痛みを増す腹に手を添えて撫でる。
早くあなたに見せてあげたい。早く私に顔を見せてほしい。
包丁の切っ先を自分に向けて、勢いを付けて腹に突き刺した。
あなたと私の子どもに会える。それだけで笑いが治まらない。
「ふふっ、留三郎、名前、最初は何にするんだったっけ?」
そこから子どもを取り出しやすいように包丁を横に引いた。
血が床に、あなたの布団に飛び散る。
体に力が入らなくなって、私はあなたの隣に寝転んだ。
涙が垂れる。
「初めまして、私の赤ちゃん」