※これはパロディです。雷蔵が住み込みの世話係をしています。
忍術学園に通っていません。
以上、ご理解の上お読みください。
「起きてくださいよ、様」
朝日を取り込むように設計された部屋は、意識をもつと途端に目を刺激していることを知らせる。
「ん、雷蔵」
目を片手で覆い、目を薄く開けるとぼやける人の輪郭を捉える。
「朝ですよ」
「ん、昼でなくよかった」
相手は呆れた様に笑う。私は上半身を持ち上げると欠伸をした。
「寝足りませんか?」
相手は優しい声色で尋ねた。その問いに私は首を振った。
「寝過ぎた」
「いい御身分ですね」
「大店の一人娘だからね」
ニヤリといやらしく笑って見せると、相手は優しく微笑んだ。
「様、その顔お似合いですね」
「喧嘩売ってる?」
適当にやり取りした会話は相手に軍配が上がる様だった。
「ところでお兄さん、何時まで此処に居るの?」
私は寝起き、寝間着、二人きり。
夜着と言うことはつまり、体の線などバッチリ見えている。その上少し着崩れしていて、胸元が心許ない。
「ああ、お着替えですね」
相手は笑ってそう言うと立ち上がった。いやいや、まず今の格好に反応してよ。
「じゃ僕は朝餉を持って来ます」
「阿呆、それは女中の仕事でしょ」
あまりに間抜けなことを言うから、つい声が強くなった。
「雷蔵がすることじゃない」
雷蔵は困ったように笑う。
使用人世界は組織と言っていい。各々のやる仕事が区分されている。範囲外の所に手を出せば、それが機能しなくなる。
雷蔵の仕事は私の身の回りの世話と店の補助。
本当ならもういい歳なのだから、私の世話など他の者が引き継いでも良いのに、雷蔵は世話から離れない。
雷蔵の両親が元々この店の使用人で、幼い頃からここで育った雷蔵も自然とそうなり、一つ年下の私の世話を任せられ、そのまま今まできている。
雷蔵がまだ私の世話をしてくれることは嬉しくもあるが、私の存在が彼の邪魔をしているのではないかと不安になる。
その不安を吐き出すようにため息を一つ出した。
「雷蔵は女中を呼べばいい。着替えるから外に出て」
「お手伝いは?」
「毎朝言ってるけど、いらない!」
子ども扱いされているようで恥ずかしくて、顔が熱くなる。
何がそんなに嬉しいのか、雷蔵はクスクスと笑って戸を閉めた。
年上の雷蔵は時々私をからかう。それが年上の余裕なのかなかなか勝てない。
いつも歯痒い思いをして終わるのだ。
用意されている衣を身につける。毎日していることなのに手伝いなどいるものか。
毎朝同じようにからかわれては同じようにしか返せない自分に辟易する。
鏡の前に座り、化粧道具を手に取る。父が与えてくれたそれなりに高価なものだ。
白粉を手に取り、人差し指で軽く撫でる。
もうこういうものが似合う年になってしまったのだ。私も、もちろん雷蔵も。
子どものようなやり取りをしても、大人と呼べる年なのだ。
考えられる未来を思っては胸が締め付けられる。
「様、お着替え終りましたか?」
襖の向こうから雷蔵の声がする。
「ん、終わったよ」
そう返すと部屋に入ってきたのは雷蔵ではなく、朝餉を持った女中だった。
「手間をかけて悪いわね」
声をかけると女中はにっこり笑った。
「今旦那様にお運びしましたので、手間になりませんよ」
女中の言葉に体が止まる。
「今何刻だ?」
女中に尋ねると女中は首を傾げた。
「卯の刻になって半刻たったくらいですよ」
私はまだ廊下にいる男を睨みつけた。
「憚ったな!!」
「様が勝手に勘違いしたんですよ」
ひょうひょうと笑顔で言ってのける。いつもなら自分で起きられるのだから疑うべきだった。
「じゃあ起こす必要ないじゃない」
「今日はお稽古の日ですよ」
ニッコリと雷蔵は言うが毒が含まれている気がする。
私は静かな稽古事が苦手で、朝起きると逃げ出すことがあるため、その対策だろう。
大店の娘として有るまじき行動であることなど重々承知である。
承知した上での行動だ。どれだけ私にとって苦痛であるか察してほしい。
私は機嫌悪く女中が運んできた朝餉の前にドカリと座った。
女中は下がり、代わりに雷蔵がまた部屋の中に入ってくる。
「見張るつもり?」
「ええ」
爽やかな顔で肯定されると、なんとも返しようがない。
私が返答にくぐもると雷蔵は苦笑した。
「様、お稽古は必要なことですよ」
「知ってるわよ」
雷蔵にそう言われると益々嫌になる。
大人しいことなんて嫌いだ。でもそれ以上にもっと嫌いな理由。
「花嫁修業に必須だものね」
投げ捨てるように言うと雷蔵は皺を寄せる。
「様」
「女だからと店に出してもらえないのに、そんなに色々出来るようにさせてどうするんだか」
鼻でバカにするように言う。
分かっている。店の主には品、教養、矜持どれも揃っていないといけないことを。でないと他の店から嘗められる。
私は一人娘だから婿をとる。娘が落ちこぼれでは婿が取れない可能性もある。
といってもうちほどの大店であれば例外。
娘が落ちこぼれだろうがなんだろうが、財力にひかれたおバカな男どもが引っ切り無しに求婚してくる。
それを父が切って捨てる。父が私の婿を選ぶ。
私の意思など関係ないのだ。
私はチラリと雷蔵を見る。
悲しそうな顔をして私を見るのだ。
「そんな顔、しないでよ」
ご飯は進まず、箸も茶碗も置いた。
「あなたが悲しそうにするから」
「してないわよ。少しも悲しそうになんてしてない。むしろ私は幸せね。一人娘だもの、家から離れないでいいわ」
軽く言ったつもりなのに、雷蔵につられたのか声が震えた。
慌てて口を覆う。
雷蔵の目が見開いていた。
悲しそうにしていると言うのに、こうやって態度に出るとあなたは驚くんだ。
私の気持ちに同調したんじゃない。私を憐れんだのよ。
自分の未来を自分で決められない人間なのだと。
「可哀そうだなんて思わないで!!こんな屈辱ないわ!自分で自分のことを決められないのがそんなに哀れ?仕方ないじゃない、私はこの店の娘なのだもの!」
全て大声で言い切ったために私は肩で息をする。
「なら、逃げますか?」
スッと、いつもの柔らかい声色とは違う、低い声が聞こえた。
雷蔵の瞳を見る。
「可哀そう?誰がそんなこと思いました?僕は一度だってそんなこと思ったことがない」
鋭い視線が私を突き抜ける。あまりに鋭くて、私は動けない。
「あなたがこの店を大切に思っていると知っているから、生まれたこの場所を好きだと知っているから、僕は何も言えないのに。仕方がない?そんな気持ちでいるのなら、僕と逃げてください」
「ら、いぞう?」
体を近づけられる。それから手を掴まれる。何もできない。されるがまま。
手が持ち上げられ、雷蔵の頬に手の甲が当たる。
「もしも少しでも僕に気があるのなら、どうか、どうか」
厳しい声じゃなくなって、懇願する甘い声に。
ああ、このまま頷いてしまえたなら。
しかし父母の顔、店の者の顔を思い出せばそれはできなくなる。
手を雷蔵から振りはらう。
「分を弁えて」
冷たく言ったのに、雷蔵は悲しみも怒りもせず無表情に戻った。
「失礼しました」
元の位置に戻り、姿勢を正して何事もなかったかのように座る。
その何もなかった態度が寂しくて、自分で手を振りほどいたのに、まだ触れていてほしかった。
目に集まる熱い物を手で押さえつけるように顔を覆う。
「店に残るのではなく、嫁いでしまうのなら良かったのに」
「様」
自分がどれだけ酷いことを言っているのか分かる。
それでも言わねば伝わらないのだ。
「嫁いでしまえばもう、雷蔵と顔を合わせることもなく忘れてしまえるのに」
「・・・すみません」
その声色がズキリと胸を切りつける。悲しませているのは本当に私なのだ。
「様は僕がいなくなればいいのですか?」
その言葉に私は即座に首を振った。
「いいわけないじゃない」
さらに深く、首を垂れる。
「いなくならないで。いつまでも、いつまでも側にいて」
泣き声に近いそれは聞きとりにくかっただろう。
それでも雷蔵は答えた。
「いますとも。あなたが結婚しても、子どもを産んでも、ヨボヨボのおばあちゃんになっても、寝たきりになっても、僕がずっとあなたのお世話をするんです。今までもこれからも一生あなたの側にいます」
私はひどい。酷い。雷蔵の願いも叶えてあげられないのに、自分の願いを押しつける。
私が誰かと結婚しても心はあなたのものだから。それだけの見返りで本当にあなたを繋ぎとめられるか不安よ。
それでも私はこれからもあなたが朝起こしてくれるのだと信じてる。