ドリーム小説
「ちょ、何これ、重すぎなんだけど」
「こんなの運べるはずないじゃん」
困っている人がいたら助けるのは当然のこと。
「貸して」
振り返る女の子の顔がほほ笑む。
「ちゃん」
私はそれを簡単に持ち上げた。
「どこに持っていけばいい?」
私は私にできることをやっていただけなのに。
いつの間にか、周り曰く王子様になっていた。
私は平均より背が少し高くて、周りの子より力があるだけなんだけど・・・。
「ちゃん、これ食べて!」
綺麗に包まれたものをもらう。相手の顔は真っ赤だ。
「ん、ありがと」
ガサゴソと包みをほどけば綺麗に焼かれたビスコイト。おいしそう。
「あ、ずるい!!」
その声に私は「一緒に食べる?」と差し出そうとした。
しかし逆に相手から差し出された。
「ちゃん!私のも食べて!」
「私のも」
・・・なんで?
「え、いいの?」
甘いの好きだし、うれしいけど私なんかがもらっても良いのだろうか。
「ちゃんに食べてほしいの」
「あ、そうなの?」
「はあ、はモテモテだな」
後ろから聞こえた声にドキリとした。
「何、竹谷羨ましいの?」
「あんたにはあげないわよ」
ベーと可愛らしく女の子たちが舌を出す相手を見る。
今日もカッコいい。
身長も僅かに私より高くて、肩幅も広くて、眉毛が凛々しい。
「・・・他にももらってんの?」
「へぁ?」
見とれていて変な返事を返してしまった。恥ずかしい。
「お菓子、他にももらった?」
チラリと視線が手に持っているお菓子に行く。
そういえばよくもらうかも。
「うん。なんかもらう。甘いもの好きだから嬉しい」
後ろから「わ、私でよかったらいくらでも作るから!!」と言われたので、ありがとう、と返してみた。なんか申し訳ないな。
「ずりぃ」
竹谷くんが小さい声でそう言った。
「え?竹谷君食べたいの?よかったら一緒に食べる?」
竹谷くんはもらわないのだろうか?
とりあえず、気を利かせたつもりで尋ねてみた。
「あ、いや」
竹谷君は首を振った。あれ?食べたかったんじゃないの?
「ちゃん。他の人になんてあげないで。ちゃんに食べてほしいの」
服をつかまれて、そう言われた。
あ、確かにそうだ。人からもらったものを人にあげるなんて失礼極まりない。
「ごめんね。うん、私が食べる」
溢さないように大切に持つ。
私の中で一つ、考えが浮かんだ。
「あ、じゃあさ」
「ん?」
私が提案しようと竹谷君の顔を見たら言えなくなってしまった。
竹谷君はカッコいいから、たぶん貰ってないってことは嘘だ。
「いや、なんでもない」
顔を見るのが恥ずかしくなって、顔をそむけた。
本当は、私がお菓子上げるって言いたかった。
でも言えなかった。
私は男みたいだから。
周りが求めているように男っぽく振る舞えば余裕と自信を持てるようになった。
それと比例するように、女の私は臆病になった。
運動場にピンクと藍の色が混じる。訂正、混じってはいない。綺麗に分かれている。
不平不満を募らせながら、何が起こるのかを待っている。
「あ〜、校外訓練かしら。今から裏裏山とかだったら面倒ね」
隣にいる友達がそういう。この友達は唯一私が竹谷君のことを好きだと知っている。
一人に知ってもらっていることで安心できている。
「え〜、静粛に」
先生の声が運動場に響いた。一瞬で場の空気が変わる。
「これより男女合同障害物マラソンを行う。裏裏山の麓にポイントを設置しているのでそこを通過してから折り返し日暮れまでに帰ってくること」
面倒なことになったようだ。
「なお組分けについては今からくじ引きを行う。迅速に行うように」
先生は言い終わると、籤の入った箱を二つ並べた。
その箱に対し、線を引くように並ぶ。
できることなら、竹谷君と・・・。
「、何番だった?」
「十五。は?」
「三番」
少し近くで声がする。
「お〜、八左ヱ門。お前何番だ?」
「九番。三郎は?」
「十五番」
私と同じ数字が出る。
相手は鉢屋くんか。そう上手くはいかないな。
「、紙貸して」
「え?」
貸してという割に、は引っ手繰るように紙を奪っていった。
そのまま桃色の集団に突っ込む。
そして一人を探し出した。
「篠田〜あんたさっき、九番って言ってたよね?」
「そうだけど?」
にやりと悪い笑みを浮かべる。こ、こわ。
「私のと交換しない?相手は鉢屋だから悪くないでしょ?」
「鉢屋かぁ、そうね、悪くないわ。はい」
「はい」
お互いに紙を差し出す。
はニヤニヤしながら帰ってきた。
「ほら、九番。よかったね」
の手には確かに九番と書かれている紙がある。
「いいの?」
「私やぁよ?竹谷となんて」
優しく微笑むその表情がひどく頼もしいと思う。
それをギュッと握りしめた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ああ、どうしよう。緊張してきた。
「、何番だった?」
いつも声をかけられると、ドキリとする。慌てて答えようとするのを抑えて、口を開いた。
「九番だよ」
竹谷君の目がキョトンと丸くなった。
左手が上がって、頭を掻く。
「え、っと、九番?」
「え、うん」
何かおかしなこと言った?
「ちょっと待ってて」
「え?」
竹谷君は走って人に紛れてしまった。
え、竹谷君は九番じゃないの?うそ、聞き間違えた?
せっかくが取ってきてくれたのに。
一人しょげていたら竹谷君が戻ってきた。
「悪い。待たせた。俺も九番」
「・・・」
紙を私に見せるように突き出した。そこには確かに「九」の文字。
呼吸ができなくなる。
だって、今、笑った顔がすっごく素敵だった。
「じゃ、一緒行こうぜ」
「あ、うん。頑張ろう」
山に入る前に先生から地図をもらった。
そこには三か所の救急所とチェックポイントの場所が記されている。
わざわざ救急所の場所まで明記するのだ。それなりに危険なマラソンといえるだろう。
木々が茂り普段薄暗い森が今日は天気が良いせいか木漏れ日がキラキラと輝いて幻想的な雰囲気を見せる。授業ではなく、休日に散歩として来たかった。
竹谷君が少し前を走る。
背中が逞しい。不謹慎でごめんなさい、ドキドキします。
私が真似る男っぽさとは全く違う、ちゃんとした男の子。
色は忍者の三病って言うけど、こんな素敵な人が側にいるのに守れるわけないよ。
「あ、、前に何かある」
竹谷君が指さす。確かに何か立っている。
立て札のようだ。
「この先、蛇橋?」
「蛇橋?」
そんな橋があっただろうか?
そもそも蛇橋って、なんか嫌だ。
「これ、渡んねぇとなんねえのか?」
地図を見る。確かにルート上に橋を渡る部分がある。
「渡るみたい」
「そっか。じゃあ、行くか」
蛇橋という言葉に少し不安を覚える。
なぜなら蛇は少し苦手だから。
看板に「この先」と書いてあるだけに、橋はすぐに見つかった。
少し高い崖になっているところにかけられており、下は流れの速い川だ。
明らかに普通の橋とは違うところがある。橋の真ん中あたりに蠢く塊があるのだ。
「先生たち、凝ったな」
「変なところで力を入れないでほしい」
思わず目を細めて半歩下がる。
橋の上の塊はどう見ても蛇。数は20程度。綱にも板にも張り付いている。
「ネズミかカエルを撒いたんだろ。じゃないと、蛇がずっとあそこにいるわけがない」
竹谷君が冷静に判断する。見習わないと。
これは授業。蛇が怖いとか言ってる場面じゃない。
「ここ本当に前のチーム通ったのかな」
「へ?」
予想しなかった疑問が竹谷君から漏れた。
「蛇って人間が怖いもんなんだよ。だから人間が近づけば逃げる。まあ、あれだけ数いれば逃げないこともあるかもしれないけど。
でも、前のチームが蛇をどっかにやったっておかしくないだろ?下は川なんだし。先生が常時見張って蛇を補充するわけもないし」
確かに私たちの前に幾つものチームが出発した。だから竹谷君の言うことはわかる。
「じゃあ、他のチームは?」
「ここが間違いでなきゃ、ルートが複数存在するってことかな」
ルートが複数・・・。
その言葉に私は考えたくないことが浮かんでしまった。
「あのさ、竹谷君」
「ん?」
恐る恐る、思いついたことを言う。
「今回のマラソンって裏裏山の麓にあるチェックポイントに行って帰ってくれば良いでしょ?」
「そう言ってたな」
「つまり、別にこの道を通る必要はないんだよね」
「なっ!?」
先生から線の引かれた地図をもらったが、何もそこを通れとは言われていない。
そして裏裏山の麓までの道のりなどいくらでもある。それこそ、一年生がマラソンに使うような道もあるのだ。
「・・・素直にこの道通ってるのは俺らだけってことか?」
「・・・私たちより前に出たチームは通ってないかもね」
不確定要素を告げると、竹谷君は「は〜」と息を吐いて顔をうつむけた。
しかしその顔もすぐに上がる。
「まあいいや。とにかく俺たちにはここ以外にもう通れる道はないわけだから、行こうぜ。
人為的に外された罠がないってことは、全部当たれば発動するわけだから、気をつけて行こうな」
うん、と言おうとしたら、言えなかった。
だって、竹谷君に、手を取られたから。
な、なななななな、なんで手!?
私は緊張して声が出ず、口をパクパクさせたが幸いに竹谷君が気づくことはなかった。
竹谷君は私を見ないで歩きだす。
堅い手が、暖かい。
ポーと呑気にしていたら、いつの間にか私は一歩橋に踏み出していた。
慌てて一歩下がる。
だって、この先には蛇の集団がいる。
恐る恐る目を橋の中心に向ければ、やはり元気よくうねっている。
「ってもしかして蛇嫌いか?」
首を傾げて不思議そうな顔をしている竹谷君と目があった。
核心を突かれてしまった。こんなでかい図体して恥ずかしい。
「嫌いっていうか、少し苦手、少しだけだよ!」
取り繕うが竹谷君は「ふ〜ん」とだけ言った。
そして手が離された。あ、残念。
名残惜しそうに竹谷君のを追いそうになる手を下した。
「ちょっと待ってろ」
そう言って竹谷君は比較的橋を揺らさず進んで行ってしまった。
危ない!!いやでも、竹谷君は生物委員だから蛇を扱う方法を心得ているのかもしれない。
そんな竹谷君は橋の両端の綱を持つと、体を上下させた。
橋が大きく揺れる。
何匹かの蛇が川に振り落とされた。
・・・それ、正しい対処の仕方ですか?
竹谷君が橋を横に縦に揺すると、まるで蛇は自ら飛び込むように水中へ身を投げ出す。
残り数匹となって、竹谷君は素手で蛇を川へ投げやった。
「〜、もう蛇いねぇよ」
ニカっと笑う竹谷君だが、それどころではない。
「手、手大丈夫!?」
「手?」
私の質問に竹谷君は自分の手を見たが私が何が言いたいかわかってない様子。
「か、噛まれたりとか、皮膚の毒にやられたりとか」
そう言うと竹谷君は頷いた後に笑った。
「、ビビりすぎだろ。大丈夫、どれも無毒なやつばっかりだったから」
ヒラヒラと手を振って見せる。その余裕ぶりがカッコよかったり。
ドモった私が馬鹿みたい。
安心するように一つ息をついて、私は橋へ踏み出した。
「さっき、蛇を川に投げてたけど大丈夫なの?」
「ああ、蛇って泳げるんだぜ。だからこれくらいじゃ死なないし、橋に上ってくることもないよ」
そうなんだ、知らなかった。橋に上ってこないと聞いて、安心して橋を渡ることができる。
私の前を行く竹谷君の背中がより大きく見えた。
代わりに私は小さくなった気がした。
大きく一歩、前へ飛ぶ。
先ほどから罠が密集している。それでも気付かないほどではなく、全てよけることに成功している。
「なんか今回の罠は優しいなぁ」
「本当、えげつないのが少なくて助かる」
普段の実習を思えば、今回はサービスではないだろうか。
「竹谷君、そこ」
線が一本引かれているところを指さす。
「おお。、そこ土な」
確認して、今度は私の近くにあった土が指さされる。先ほどから確認のし合いである。
明らかに下級生向けの罠に敏感になり過ぎだが、いつ手の込んだ仕掛けがあるとも限らない。安全性を考慮したものだ。
「しかし、本当に誰も通った跡がないな。俺らが最初で最後って感じだな」
「でもこの程度の罠で済んでるからいいよね。日暮れまでに往復すればいいんだし、帰りは簡単な道のほうから帰ろう」
同じ轍は踏むまい。帰りは必ず一番易しいルートを通る。
今はすでに下り坂で、足が勝手に速くなる。
体力も温存しなければならないし、登りよりも罠にかかる可能性が高いから注意しなくては。
足元に注意しながら鬱蒼とした森を抜けると、すぐにチェックポイントが見えた。
先生が待っている。
「あら、こっちから来たのまだあなたたちだけよ」
先生の言葉に竹谷君も私もやっぱりと項垂れた。
正直者は馬鹿を見る典型かもしれない。
「俺ら何番目ですか」
こちらから来たのは私たちだけなら、だいぶ出遅れている可能性がある。
なんせ他の人たちは簡単な道を来ているのだ。私たちより多くのチームが到着していることだろう。
「ごめんなさいね、今回順位は言えないことになっているの」
申し訳なさそうにする先生。もしかして最後とかありえるだろうか。
先生の言葉にグッタリした私たちは、引き返さずそのままチェックポイントを通過しようとした。そこに先生の声がかかる。
「あなたたち、そっちから帰るの?」
「え、はい」
「そう、じゃ、気をつけて帰るのよ」
「はい」
先生からの質問はおかしなものだった。
どう考えても誰も罠が仕掛けられていると分かる道を行くはずがないのに。
「、きつくないか?」
「私は平気だよ。竹谷君は?」
「まだまだいける」
ニッと笑う竹谷君に私もつられて笑う。
走っているだけで疲れるのに、笑っているなんて調子に乗っているのかもしれない。
でも、竹谷君といるとどうしようもなく楽しい。嬉しい。
それでいてすごくドキドキする。
もっと話したい。せっかく今、誰もいないのだから。
「竹谷君はさ、動物好きだよね」
「ああ、好きだ」
「何の動物が一番好き?」
おかしな流れじゃないと思う。
でも竹谷君の目が丸くなって、不安になった。
私は失礼なことを聞いただろうか。
竹谷君が口を開く。
「考えたことなかったな」
思わぬ言葉に今度は私が驚いた。
「明確にこれって言うのがなんだよな」
困ったように頬を掻く竹谷君。苦笑いを私に向けた。
「その時に一番なついてくれている奴か、その時目の前にいる奴が一番可愛いと思う。でもその種類が可愛いんじゃなくて、そいつ自身が可愛」
危ない、なんて言う暇もなく竹谷君が倒れこんだ。
そこまで太くない丸太がブラリブラリと宙で揺れている。竹谷君の頭はそれに叩かれたのだ。
「嘘」
仕掛けなど見当たらなかった。
見渡すがそれらしいものが見当たらない。
「竹谷君?」
注意して倒れた竹谷君の側に膝をつく。気を失っているらしい。
頭を打ったから、あまり動かさないほうが良いはずだ。しかし助けを呼ぶにも竹谷君を一人でここに置いておけるはずがない。
救急所までは距離がある。その間に野犬に襲われるかもしれない。
できるだけゆっくり、振動させないように竹谷君の体を仰向けにする。
それから右手を膝下に手を入れ、左手で肩を支え肘の上に頭をのせて固定する。
俗に言うお姫様抱っこ。
まさか男の子にすることになろうとは思わなかったけど、今は一大事。
竹谷君を、助けたい。
力持ちでよかった。今人生で一番この力に感謝している。
できるだけ上下に運動しないように、私は走りだした。
救急所まで半分くらい走っただろうか。急に腕にかかる体重の比率が変わった。
竹谷君を見れば目が薄く開いている。
「起きた?」
「ん、んー、?」
どうしよう、こんな時だけど、可愛い。
「あれ?何これ・・・」
自分の態勢に疑問を持ったのか、パチリと竹谷君の目が見開く。
「竹谷君が頭を打って気を失ったから救急所まで運んでるところ」
「・・・」
口を開いたまま竹谷君が固まる。次第に顔が赤くなる。
「お、下ろしてくれ!流石にこれは」
「駄目だよ。頭打ってるのに。あと少し行ったら救急所につくからそこまで我慢して」
「大丈夫だ!!こんな、好きな奴にっ」
・・・へ?
竹谷君の顔は明らかにしまった、といった顔をしている。
好きな奴に・・・?
好きな奴に・・・。
好きな奴に見られたら困る!!!
「ご、ごめんなさい。配慮が足りなくて。でも自分で歩くのは無理があると思う。だから妥協しておんぶなら」
おんぶなら甘い雰囲気などないはずだ。
女が男をお姫様抱っこで甘い空気が流れるかと聞かれれば微妙であるが、きっとお姫さま抱っこをされているのを好きな子に見られるのが嫌なのだろう。
それにしても竹谷君、好きな人いたんだ。知らなかった。
誰だろう、くの一教室の子かな。
知りたいけど、知っちゃったらその子に自然に接せなくなる気がする。
嫌だな。そんな人間に、なりたくない。
なら、竹谷君をあきらめないと。好きだったら、相手の恋を応援しなきゃ。
「いや、そうじゃなくて」
「肩を貸すって方法もあるけど、流石にそれじゃ罠を回避しにくいの。だから背負う方が楽で」
「だから、そうじゃなくて好きな子に助けられるのが恥ずかしいんだよ!!」
・・・ん?
「好きな子?」
竹谷君の顔は真っ赤である。
「こんな風に言うつもりなかったのに」
長く「あー」と伸ばして息を吐いた。
「とりあえず、歩かないから下におろしてくれ」
「あ、うん」
私はゆっくり木の根元に竹谷君を下した。鈍く頭が回るが、竹谷君の言葉を理解できないでいる。
下ろした竹谷君に合わせるようにしゃがみこんだ。
「あのですね、その、私のこと?」
主語は省いたが竹谷君に伝わるだろう。
「他に誰がいるんだよ」
竹谷君は私と目を合わせない。耳まで真っ赤である。
「・・・だって私、こんな怪力だし、身長も高いし、男みたいだし」
「俺は一度もを男みたいだなんて思ったことねえよ」
ガシガシと頭を掻く竹谷君。
「むしろ、周りに気を使ってるとことか、優しいとことか女らしいと思う」
顔に一気に熱が駆け上がる。好き、と言われた時よりさらに恥ずかしい。
そんなこと言われたのは初めてだ。
「・・・何言ってんだろ、俺。返事とかしないでくれよ。言う気なかったんだから」
返事・・・。そういえば、そうだ。
・・・私は竹谷君が好きなのだけれど、返事をしないでくれとは、どうしたらいいのだろう。
「あのね、返事でなきゃいいかな?」
「は?」
竹谷君が久しぶりに私を見た。
私の言った意味がわからないみたいだ。
その様子が少し可愛くて、口元が緩んだ。
「私、竹谷君のこと好きなんだけど、どう思う?」
言葉にしたら、心がホッとした。
言った私より竹谷君が動揺していた。そんな姿も素敵だと思う。
先ほどより少しだけ距離が近づいた私たちは、竹谷君の意見を大幅に取り入れることになり、速度を落としてだが救急所に寄らず学園に辿り着いた。
日暮れまではまだ余裕があり、課題の達成を確信した。
「おう、竹谷・組か。よく無事で帰ってきたな。お前らで三組目だ」
先生が陽気な声で迎えるが、信じられない言葉が最後に付いてきていた。
「さ、三組目?」
私が思っていたことが竹谷君の口から洩れる。
「ん?もしかしてお前ら正ルート通ったのか?素直だな」
そう言われるとまるで失敗を指されたような恥ずかしさが起こる。
「ほとんどの生徒が楽な道を選んでな。正ルート行ったのは本当に何組かだけだ。
だが、今回は正ルートに簡単な仕掛けを、他の道に難解な仕掛けを施していたんだ。
裏を読むことに慣れてきすぎてるからな、こういうこともあるぞー、っていう実習だったわけだ」
軽快に笑う先生だったが、私は笑えなかった。
「結構リタイア出てるらしい。無事帰って来られてよかったな」
ガシっと先生に頭を掴まれた。たぶん、なでているつもりなのだろうけれど、頭巾がずれる。
「怪我してたら保健室に行くように」
そう行って先生は私の頭から手を離した。
たぶん、帰り道の後半のほうが罠率が低かったのはすでに発動していたからなのだろう。
私たち、すっごくラッキーだったのだ。
「竹谷君、頭大丈夫?」
「あ、ああ。平気平気」
ニッコリと笑う竹谷君は本当に大丈夫そうに見えた。
でも、できることなら保健室に行ってほしいところだ。
なんとなく、保健室へ行く方へ眼を向けたら先に帰ってきていた鉢屋君と目が合った。
手を振られたので、小さく振り返す。
すごくニヤニヤしているように見えるのだけれど、どういうことだろう?
蛇が複数いたとしても、竹谷君のような対処法をしてはいけません・・・。
インターネットで蛇の対処法を見ていたのですが、目ぼしいものが見当たらなかったので、あんな無謀な策に。
蛇は触覚が発達しているらしいです。人間が怖いのも蛇が泳げるのも本当です。
ただあの対処法だけは嘘です。やっちゃ駄目です。
最後の一場面はオマケだと思ってください。
ついでにオマケのオマケとして、最初の方の竹谷視点と三郎がニヤニヤしている理由になるものを付けました。
オマケのオマケ
ここまでお読みいただきありがとうございました。
2010/2/27