ドリーム小説



「あれ?雷蔵だけか?」


朝、いつも集まる縁側で兵助と八左ヱ門は他の4人を待っていた。

二人の目の前に雷蔵は姿を現したが、同じ姿のもう一人がいなかった。

「三郎は?」

「いや、それが先に行くって」

「食堂に?」

「たぶん」

雷蔵にも三郎の意図は分からないのであろう。

食事当番でもないというのに、わざわざ目的の場所に別に早く行く必要性は見当たらない。

「まあ、いいか」

時々人には理解不能な行動を取るのが鉢屋三郎だ。

彼の行動に全て意味を付けていたら、雷蔵以上に悩み続けなければならなくなる。














五人が集まって、ワイワイと朝の食堂へ移動する。

角を曲がる前に一度勘右衛門の足が止まるのはお約束だ。その前に会話は止まっている。

勘右衛門がまた一度足を踏み出すと、また五人の足は進みだす。

角を曲がると、いつもの光景ではなかった。

「よぉ、遅かったな」

陽気に手を挙げたのは、いつも一緒にここへ来る三郎だ。

こんな所で立っているのなら、何故先へ行ったのか。

三郎の陰からヒョコリと顔が覗く。

「勘右衛門、おはよう」

いつも通りが笑顔で挨拶をした。

そしていつも通り勘右衛門の足は一歩下がる。

「お、おはよ、う」

いつもの光景が、いつもの光景ではない。

三郎がと勘右衛門の間にいる。

「三郎、何やってるんだ?」

疑問を投げかけたのは兵助だ。入口より遠い位置にいる五人は三郎の答えに興味津々だ。

「何って、話してるだけだ。と」

そこがまさに疑問なのだ。何故わざわざ早く出て行ってと食堂の外で話しているのか。

特に勘右衛門の頭は混乱していた。

自分の苦手な人間と三郎が何故話しているのか。

確かに三郎はに対して好感を持っていたが、わざわざ早起きして話に来るほどだったとは思わなかった。

しかし、あの三郎だ。

そう、彼の行動に意味など無意味なのだ。

「へ〜。あ、さっさと飯食おうぜ。腹減った」

あっさりと話題を変えた八左ヱ門はお腹をさすって三郎に近づいた。目指しているのは三郎ではなく、食堂である。

それに倣い、足が食堂に向けて動き出す。

勘右衛門もその流れに従って動いた。

兵助が「あ」という声を出す。

さんも朝食一緒にどう?まだだよね」

その言葉に皆が止まった。

視線が兵助に集中する。

は手を胸の前に上げて、拒否を示した。

「あ、その、止めとく」

「そう?」

遠慮気に言う言葉はいつものと違う。普段の彼女から想像すれば、勘右衛門と同じ席で朝食をとれるとなれば食いついてきそうだ。

の目が勘右衛門を窺い見た。

勘右衛門はドキリと嫌な感じがした。

「うん。誘ってくれてありがとう、久々知君」

「いや、じゃあ」

はいつも通り、踵を返して食堂に入って行った。

の姿が無くなると、勘右衛門が不安げに眉を下げた。

「兵助、どうしてあんな」

「え?ああ、この間火薬委員会を手伝ってくれたから、お礼?」

最後に疑問符をつけて答えた。

どうして朝食に誘うことがお礼になるかいまいち分からない勘右衛門だが、天然な兵助の考えだと、頷いた。














ワイワイと食事をする食堂で同じように六人も賑やかに笑う。

ただ勘右衛門だけは気が漫ろである。

チラリと三郎を盗み見るが、三郎はいつもと変わらない調子で冗談を言っている。

三郎の急に変化した行動に、勘右衛門は八左ヱ門のように切り替えることが出来なかった。

「勘右衛門、何か言いたいことがあるなら言えよ」

勘右衛門の視線に気づいた三郎がそう言った。

勘右衛門が居心地が悪いか少し視線を逸らした。

「じゃあ、さ、言うけど、何でと話してたんだよ?」

その質問に三郎は息を吐いて肩を下ろした。

に興味がわいたんだよ」

「なんでに?」

三郎はあまり他人に関心がある人間ではない。

五人と一緒にいるが、それ以外の人間に対してあまり干渉しようとしない。

からかうことや、真似をするために観察したりはするけれども。

「恥ずかしい話、に変装できる自信がないんだよな」

「三郎が?」

三郎は学園一変装が上手い。その三郎が変装できないほどは特異な奴だっただろうか。勘右衛門は考えて、そうかもしれないと思った。

知りあって四年になるが、勘右衛門はを理解ができないと思っている。

そして今、頭のいい三郎でもそうなのだから自分がの意図を理解できなくてもおかしなことではない、と判断してしまった。

「そうか、頑張れ。でも俺の前でに変装するなよ」

「わかった。できるようになったら勘右衛門に最初に見せてやる」

勘右衛門の言い分に三郎は真面目な顔をしてそう返した。

「さぶろ〜!!」

勘右衛門が怒ったように声を出すと三郎はニヤニヤと笑った。

いつもの朝食の風景だ。











だから誰も知らない、気づかない。

三郎の胸の内も、誰かの考えも。






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