ドリーム小説


「雷蔵、雷蔵」

甘えるように雷蔵にすり寄る。しかし雷蔵の反応は慣れたもので、私を見ないまま「何?」とだけ返した。ちぇ。

「今日雷蔵図書委員だろ?私が代わってやろう」

「いいよ、僕の仕事なんだから」

きわめて冷静な反応。拗ねるぞ〜。

「いいだろ〜代われよ〜暇なんだよ〜」

「駄々っ子じゃないんだから。暇を理由に代わりでもしたら何をしでかすかわからないだろ」

困った、と雷蔵は息を吐いた。もちろん、困らせているのは私だ。

「大丈夫、今回私は私の実力がどの程度であるかを改めて確認したいんだ」

「つまりおかしな態度はとらないと?」

流石雷蔵、話が早い。

「そう、一日雷蔵として図書委員を務められたら、私の実力は申し分ないと証明される」

「学園一術が上手いと言われているのに今さらだろ?」

「時々気になるんだよ〜、なぁ、いいだろ〜、雷蔵に損はないって」

引かない私に雷蔵は折れるしかない。


「ったく、二刻だけだからね」

「え〜」

「三郎?」

「十分です」


これ以上文句を言えば、確実に雷蔵から雷が落ちるのは間違いない。雷蔵だけに雷。
くだらないな、我ながら。
























図書室に入れば下級生の能勢久作がいた。今日は彼と一緒か。

「やあ、お疲れさま」

「不破先輩、こんにちは」

研究に研究を重ねた雷蔵のほほ笑みを浮かべる。

彼は真面目だから、さっさと仕事を始めている。


テキパキと本の整理を行う能勢と当然会話など生まれるわけもなく(その前に図書室)私も図書委員の仕事に従事する。

普段以上に人の少ない図書館。

これでは私が雷蔵でバレるはずがない。

というかバレたら自信喪失。一年からやり直す。


















カウンター内にある返却された本を番号ごとに分けていると、ひどくゆっくり扉が開いた。

桃色の制服がチラリと見える。

くの一か。

図書館内の人間が一人増えたとだけ認識した。

だってそんなに親しいくの一って以外にいないからバレる可能性は極めて低い。

これではまるでバレたいように聞こえるが、そうでなく、疑った人間を信じ込ませるのが楽しいのである。

全く、つまらん。











「あの〜、ちょっとお聞きしても?」

声をカウンターの外からかけられ、顔を上げる。

親しくはないが、よく知った顔だった。

今図書館にいるくの一は一人だけだから、さっき入ってきたのはか。

いつも通り表情筋を緩ませて対応する。


「どうぞ?」

「忍具の歴史についての書籍ってどこにあります?」

忍具の歴史か。確か前にどっかで面白いの読んだな。結構奥のほう。

場所を見れば思い出すか。

「ちょっと待ってね」

私が立ち上がろうとしたところを手で制された。

「どの辺か教えてくれるだけでいいから」

いやぁ、立ち上がらないと奥のほう見えないから。


「分かりにくいところにあるから」


雷蔵はそう言うだろう。都合良く優しさを誤魔化しに使う。

立って見てだいたいの場所は思い出した。

「こっち」

指で示して彼女を誘導した。















いつも勘右衛門しか見ていないが私の後ろについて歩いているというのは不思議だ。

いつも私も通り過ぎられているから。

もしかしたら、私のことも雷蔵のことも知らないのでは?

彼女の態度はそうであってもおかしくないのだ。

別にこの程度のことで不機嫌にならない。

ただ、改めて彼女は変わった人間である、と思わせた。













予想通りの本の並びに自分の記憶が正しかったと証明される。

自分が読んだものの中から、分かりやすかったものと面白かったものを取り出す。

「これと、これと、これなんかいいんじゃないかな?」

本棚から三冊取り出し、に見せる。

その目が輝いていた。

「ありがとう、すっごく助かりました」

「す」と「ご」の間に力が入る。

短い言葉に、語録の少なさを思わせて笑いそうになる。それでも彼女が本当に感謝しているとわかるから、雷蔵らしく言った。


「お役に立てて光栄です」


少し失敗したかもしれない。

誤魔化すように、本を受け取ろうと手を伸ばしたの手を無視して笑った。


「貸し出しするでしょ。手続きするよ?」


の顔が一瞬驚いている。まさかこの笑顔でバレるってことはないよな。

「お願いします」

予想通り、バレた訳ではなさそうだ。

本を持って移動する。




は特別顔が良いというわけではない。けれど不細工でもない。

どちらかというと身なりに気を使っていて、洒落ているようで女らしい。

勘右衛門だけに拘らなければ、すぐに恋人もできそうだ。

チラリと後ろを盗み見る。

は図書室を見まわしながらついてきていた。

どうしては勘右衛門しか見ないのだろう。


















「ちょっとまってね、カード出すから」

くの一五年のところからのカードを探す。見てみればカードは真っ白だった。

どうやらは図書室をあまり利用しない人間らしい。

「はい、これ」

見つけたそれをに差し出すと、は首を傾げた。

「私の名前、知ってるの?」

むしろが私の名前を知っているのか聞きたい。

本気で朝、勘右衛門と一緒にいるのを知らないんじゃないだろうか。

「うん、毎朝勘右衛門に挨拶してるでしょ」

は納得したように頷いてカードに目を落とした。

どうやら私、というか雷蔵が一緒にいるのはちゃんと知っているようだ。

忍術学園一変装が上手いと言われながら、それが学園の人間に認識されていないならそれほど滑稽なことはない。

またを観察する。

今度は彼女に変装してみようか。勘右衛門ににじり寄ったら面白い反応が返ってきそうだ。

もちろん、そのあとに怒られるだろうが。

の頭が上がる。

「はい、お願いします」

カードが差し出される。カードには確かに三冊の名前と日付が書かれていた。

「じゃあ、2週間以内に返却してください」

図書委員の仕事としてその言葉を添えて、本を差し出した。

「じゃ、お借りします」

そう言っては本を受け取る。見た彼女の目が、すでに私を捉えていなくて少し気になった。

なぜあの目に勘右衛門は映り続けるのだろう。



さん」



どうしても気になって、今は雷蔵なのに、私として引きとめてしまった。

彼女が振り向く。


「勘右衛門の反応はああなのに、どうして挨拶続けられるの?」


雷蔵のような言葉を使いながら、干渉する言葉が私のものでしかない。

は体ごと私に向き合って、フワリと笑った。それは今日、お願いしますや、礼を言うときとは全く違ったほほ笑みで、一瞬驚いた。

「決まってるでしょ」

本当に嬉しそうに笑う顔は見覚えがある。しかしとても違和感がある。

彼女はハッキリと言い放った。



「勘右衛門が好きだから」



その言葉に不思議と、変な冷たい穴が胸に小さく開いた気がした。

自分の心の内とは反対に体は冷静に雷蔵を演じる。

「そっか、ごめんね。変なこと聞いて」

「ううん、じゃあね」

は小さく手を振って出て行った。









好き、というだけであの反応に毎日耐えられるものだろうか。

むしろ、好きだからこそ耐えられないように思う。

そこが私には理解ができない。人の心を理解できない不安。それがきっとさっきの穴だ。

私はを真似ることができるだろうか。

あの笑顔はよく見ているのだ。毎朝、勘右衛門に向けられるものだから。

初めて自分に向けられて、ドキリとしたのだ。私に向けられたといっても、やはり中身は勘右衛門。

私にあの笑顔を作ることができるか?先ほどの彼女の言い分を私は理解できない。













また静かに戸が開いた。

雷蔵がこちらを窺っている。時間か。

私は立ち上がって外に出た。


「さっきさんとすれ違ってすごい目で見られたんだけど、三郎、変なことしてないよね?」


雷蔵が少し怖い。

「してないしてない。たぶんさっきまで図書館にいたからだろ。雷蔵が二人いるって思ったんじゃないか?」

「ああ、それならいいんだ」

一緒にいるときはそうでもないが、一人ひとり続けざまに会ったりすると、意外とまだ驚かれることはある。さて、はどちらを私だと判断するだろう。

雷蔵に今までしていた作業を説明して引き継ぐ。

今回は私が何もオチャメなことをしていないと理解してもらえたみたいで、雷蔵は何事もなく図書館に入って行こうとする。

しかし私が袖を引っ張って止めた。



「堂々と人を好きだと言える人間をどう思う?」


普段から丸い目がより見開かれる。

「どうしたの、急に」

「どうもしない。ただ、雷蔵はどう思う」

雷蔵は詮索しない。だから私は安心して聞けるのだ。

考えるように上を向くと、雷蔵は優しく笑う。


「カッコいいね。自分の意思をはっきり言える人って」


その答えを聞いて私は袖を離した。

「悪かったな、変な質問をして」

「いや、じゃあ夕食で」




雷蔵は私に手を振ると、中に入って行った。

トボトボと私はやることもなく、部屋に戻る。

妙な詰りを覚えて上を向く。





雷蔵も言っていたように、ハッキリとものを言う様はよくカッコいいと称される。

しかしハッキリと勘右衛門が好きだと言ったを可愛いと思ってしまった私は一体何なのだろう。







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