彼がいるだけで女子はため息をつき、時に黄色い悲鳴を上げる。耳元で彼の美しさについて語り合う。
彼女がいるだけで場が華やぐ。男子は胸をときめかせ、初めての感情にどきまぎする。誰にも言わないで、彼女の美しさは自分だけが知っていると錯覚する。



そんな二人が並べばどんな人間でも目をそむける。

誰しも美しいものの醜い所など見たくないのだ。




朝の挨拶。

「やあ、残念賞。今日もすがすがしい朝だな」
「残念賞と呼ぶの止めなさいと言っているでしょう、鼠男。朝もあなたの存在だけで台無しよ」
「誰が鼠男か。まったくその年になってもまともな挨拶ができないとは呆れると言うか哀れというか」

毎日顔を合わせればこんな感じである。
そしてそれを周りは見ないように目を逸らすのだ。







始まりは五年前、一年生の時の初対面。
くの一教室の授業では見事、標的である仙蔵を池に突き落とすことに成功した。
その時の仙蔵の顔は今思い出しても笑えるほどだ。

それから数日後、が同級生のくの一と一緒にいた時に仙蔵が話し掛けてきた。
「おい」と。
は授業だったから池に落としただけで、本来そういった悪戯を好まなかった。
そのため、相手が怒っていたら謝るつもりで申し訳なさそうに返事をした。

「何?」
仙蔵は腕を組んで偉そうに話し始める。

「お前、器量は悪くないのに女らしさが足りていない。というか色気がない」

10歳の少女に色気を求めるのも如何なものだが、そこは仙蔵も10歳の少年。
色気が何たるかなどあまり知るはずもなく、ただ罵倒の言葉として使っているだけだ。
この時点では自分の予想外な事を言われていることに気が付いた。

「女としてはこっちの方が幾つも上だ」

隣にいたくの一に目を向ける。
その言葉でそのくの一が仙蔵に好意を持たれていると錯覚するのもおかしな話ではない。ただこれは別の話なので詳しくは省く。
くの一の容姿は可もなく不可もなく。しかしと比べると良いとはお世辞にも言えない。
仙蔵はビシッとに指を向けて言う。

「容姿は良いのに色気がないため女らしさが欠如している!つまりお前は残念な奴だ。だからお前に残念で賞をやろう」

は今まで受けたことのない罵倒を受け固まっている。
それに機嫌を良くした仙蔵は口に弧を描き、宣言した。


「今日からお前は残念で賞だ!」


いつの間にか「で」を抜かせて呼ばれるようになった。














「好きです!付き合って下さい!!」

放課後、校舎裏での定番。
顔を真っ赤にして頭を下げる忍たまの後輩を見て、はいかに傷つけず断ろうか悩んだ。
緊張して握りしめている拳は震えている。
これをぞんざいに扱ってしまうのはあまりに可哀そうだ。は優しさと申し訳なさを含んだ笑みを浮かべた。

「気持ちは、嬉しい。誰かに好いてもらえるって言うのは、うん、嬉しい」

恐る恐ると顔を上げる後輩。もう断られることが目に見えている。
「でも、ごめんね。あなたに恋慕は持て・・・もて・・・」
軽く涙ぐむ後輩の向こう側に人影を見つけた。


「なんだ、残念賞。そんな所で何やってる」


場の雰囲気を読まず、普通に話し掛けてきた。
ちなみに彼は空気が読めないわけではなく、あえて空気を読まないのだ。

「へっ、あ、立花先輩!」
仙蔵のまさかの登場に後輩の身は飛びあがった。
先ほどまでとはまた違った羞恥が彼を占拠する。
「なんだ、そんなに驚いてどうした」
ニッコリと爽やかな笑顔を持って後輩に尋ねる。
可哀そうな後輩は口をパクパクとさせて体を引く。
「す、すみませんでしてた!」
彼はそう叫んで頭を下げると、走って校舎へ帰って行った。
「どうしたんだろうな。・・・そう睨むな」
仙蔵が後輩の背から目をにやると、美人特有の鋭い視線が突き刺さっていた。

「むごいことするわね」
「何の事だか」
後輩は一世一代と思うほど勇気を振り絞っていたに違いない。それが予期せぬ人物に粉々に砕かれたのだ。むごいと言うほかない。
はぁ、とからため息が漏れる。

「私のことが気に食わないのはいいけど、周りの人間を巻き込むのは止めなさいよ。大人気ない」
「嫌がらせなどした覚えがないな。私がそんなに程度の低い人間に見えるのか、残念賞」
目を細める仙蔵。は体を支えるように腰に手を当てた。
「見えるわよ。あと、残念賞と呼ぶのは止めて。それって女らしさがないと言う理由からだったでしょう。今みたいに人から好意を寄せられるような人間に私はなったの。いい加減、直しても良いじゃない」
「何を言うかと思えば」
鼻で笑う仙蔵。は不快そうに眉間に皺を寄せる。

「お前はいつまでも残念賞だ。残念じゃなくなる日など来るものか」
「来ているのにあんたが見ていないだけよ」
呆れるようには吐き出した。
仙蔵が顎をクイッと上げた。の後ろを指している。
つられて見れば、遠くにくの一の後輩が立っていた。

「お前がここにいることはむごいことになるのか」
「・・・私は野暮じゃないから意図的にしないわよ」
敷地は広いと言っても一つの囲いの中。
定番の告白場所など決まっている。

は後輩が立っている方向とは反対に向かってその場から消えた。
頬を赤く染めた後輩の勇気が無駄にならないように願おう。

-Powered by HTML DWARF-