I'm looking for you
牢
寒い。
意識を取り戻した理由はそれだった。体には自分を温めてくれそうなものはない。
それを確認してようやく目を開くが、目に入ったのはぼんやりとした闇だった。
今は、夜なのだろうか。
肘を支えにして上半身を起こすと、目の前に木の格子があった。
ようやく頭が覚醒する。
そうなってしまうと寝ぼけていた自分に驚くばかりだ。
上も横も今自分が座っている場所も土。この部屋には照明がなく、格子の外に揺らめく暖かい火の明りがあるのが分かる。
ここはどこだろう。
そう聞いても、きっと誰も私の欲しい答えを返してくれる人はいない。
私はあの鏡を通して、知らない時代に紛れ込んでしまったのだ。
「どうしよう」
無意識に出た言葉は誰にも届かない。
誰もいない。
お父さんも、お母さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、友達もみんなみんな、いない。
「どうして」
こんなところに閉じ込められているの。
「帰りたい」
私はただ、願っただけなのに。
逃げよう。
そう思ったのは、あの赤い甲冑の男を思い出したから。
あの中にいた人たちの中では彼が一番偉いようだった。
とても怖そうな人だった。
言葉のすべてが抑えつけられるような圧力を含んでいた。鋭い目を直視できなかった。
あの人が私の生命線を握っているのならば、きっと私は殺される。
教科書の上での話なら知っている。この時代ではいとも簡単に人が死ぬ。
私は死にたくない。
こんな、誰もいないような世界で。私となんの縁もない時代で。
立ち上がる。土の天井は低い。
広さは六畳くらいだろうか。外はどうなっているんだろう。
入口に近付いて格子に手をかける。顔を出せる大きさはないので、目で一生懸命覗き見ようとした。
ゴンと鈍くも強い音がした。驚いて手を引っ込める。
「おい、下がれ」
人がいた。鋭い目でこちらを睨みつけている。
もうひとつ威嚇のように棒で格子が打ち鳴らされた。
怖い。威圧的だ。でも、この人をどうにかしないと外に出られないし、逃げるなんてもちろん出来ないだろう。
「あの」
「なんだ」
逃がしてください、なんて言って出してもらえるわけがない、と思う、たぶん。
「えっと」
「用がないなら下がってろ」
「あ、お手洗いに行きたいんです!」
他に外に出られる話題が思いつかなかった。自分で言うのもなんだけど、古典的すぎる。
どうしよう、ちょっと恥ずかしい。
「はぁ」
小さく相手が溜息をついた。居た堪れない。
「手を出せ」
コンコンと木と木の間が棒で叩かれる。よく分からないが、従ってそこから右手を差し出した。
「両手だ」
慌てて左手も出す。
するすると荒縄が手首に巻かれる。むずがゆい。
最後ぎゅっと結び目が作られる。ちょっと痛い。
「決して逃げようと思うなよ」
重い声と鋭い眼差しに釘を刺される。
あなたは私に死ねというの?
縄を引かれ、階段を上る。だんだんと嫌な空気の湿りが減る。
残り数段となって、出口が外に続いていることが分かった。
出てみると、目の前に飛び込んできたのは背の高い白壁の建物。
「お城・・・」
知っている観光地のお城よりも小さい。雰囲気も違う。このお城の方が前見たものよりも重々しい空気を持っている。
「何をしてる。早く来い」
縄を強くひかれ、危うく転びそうになった。
呆けている場合じゃない。ここからどうにかして逃げ出さなければならない。
どこかに出入口があるはずだ。探さなければ。
でも探せたとしてもどうやって出よう。人に紛れられればいいけれど。
制服じゃ目立つ。どこかで服を替えなければいけない。
その前にこの人をなんとかしないと。
前を歩く人物を見る。
武器になるのだろう、長い棒を持っている。私は丸腰の上、腕を縛られている。もちろん格闘技の心得なんてない。
後ろから思いっきり体当たりしたらどうにか出来ないだろうか。
体当たりして、棒を奪って逃げる。逃げられるか?分からない。
でも、もうやるしかない。
意を決して地面を強く蹴る。
私の体は地面に倒れる。
男の人の背に届く所で、相手は身を翻して私を避けた。それから私は腕に繋がる縄を引かれ、足を払われた。
仰向けに倒され、棒の先を喉に付けつけられている。
「何のつもりだ」
釣り上がった目に睨みつけられる。怖い。怖いよ。
目がじわりと熱くなり、視界がぼやける。
「逃がしてよ」
自由にして。こんなところに押し込めないで。
「嫌だ、もう」
無理やり抑えつけられるのも、睨みつけられるように見下ろされるのも、こうやって縄に繋がれているのも。
誰か助けてよ。
「逃げたいのか?」
そう聞かれて、頷いた。当たり前じゃない。
「そうか」
首から棒が離れた。二の腕を掴まれて起こされる。
相手を見上げると、口が笑っていた。
「なら、私が逃がしてやろう」
