I'm looking for you





また縄を引かれて歩き出す。前を歩く人の顔は見えない。

「あの、どういうことなんですか」

「何が?」

「どうして私を逃がしてくれるんです」

逃がして、と言っておいてと思われるだろうが、相手は一応あの鎧の人の部下になるのだから疑う気持ちが強い。

「君は知っているかどうかわからないけれど、うちの若殿はなかなか残酷な人でね、このまま捕まっていたら君もひどい目に合うだろう。見ているだけ、というのは辛いものだ。助けてあげられるのなら、助けてあげたいと前から思っていた」

どんな表情をしているのだろう。本当か嘘か、私には判別ができない。

自力でここから逃げ切ることも。

信じることしか、出来ない。

「・・・お願いしてもいいですか」

「ああ、任せてくれ」



木製の、昔で言う厠に押し込められた。夏場だからか、それともこれが日常なのか臭いがひどい。

「ここで待っていろ。すぐ戻る。顔は出すなよ」

それだけ言うと、手の縄をはずして男の人はいなくなった。

心細い。誰かに見つかったらどうしよう。どう見ても、私はこの時代の人たちと違う。

制服だし、上履きだし、この時代の人より髪が短いし。

あの人を信用できるかって言われたら、出来るわけない。

ハイリスクノーリターン。脱獄の手引きとか相当やばいはず。それを情だけでできるわけない。

じゃあ、何かメリットが彼にあるのか。ないよね、たぶん。

あるのかな。どんな?

売り飛ばされる・・・?考えたくないな。

実は猟奇的な殺人鬼で標的を探していた?ミステリーの読みすぎ。

食べられる・・・?食人文化ってあったっけ。何時代だ。

分からない。売り飛ばされる、というのが一番可能性が高そうだが、こんなあやしい身形の人間を買いたい人間はいるのだろうか。世の中物好きはいるらしいからな。

どうしよう。とりあえず、お城から出れたら考えよう。うん、そうしよう。

考えたくないことは後回し。

「おい」

急に声を掛けられて驚いたが、あの牢番の男性の声だ。戸を開けると、荒い手触りの布を押しつけられた。

「急いでそれ着て。他の奴らがもうそろそろ君が返ってこないことを怪しみ始めている頃だ」

また戸が閉まる。布を開いて見ると、薄手の着物、中に紐が包まれてた。

「どうしたらいいんだろう」

浴衣すら切れない私に、いきなり渡されても困る。

とりあえず袖を通し、適当に裾を上げて紐で結ぶ。鏡がないのでわからないが、不格好な自信がある。

「あの」

外に出ると、あの鋭い目で見られる。この人の目はどうにも恐い。

「着方が分からなくて」

すっと手が伸びてきて、襟元を正される。紐を軽く弄られ、お腹当たりの布を軽く引っ張られた。

「これでいい。少しの時間欺ければいいから」

頭に何か降って来た。長い髪の毛が見える。

「これを被っていてくれ。髪型が変わると別人に見えるものだ」

カツラか。何でこんなに準備がいいんだろう。

「それからこれを履いて」

草履。ってことはローファーも靴下も脱がないと。壁に片手を付けて素早くどちらも脱ぐ。草履は固く、少しこそばゆい。男性はローファーを持つと、近くにあった垣根に隠した。

もうあれは戻ってこないな。

「下を見て俺に付いてきて。絶対に話すな」

じっと見られて、頷いた。

付いていく。下を見る。話さない。

男性はくるりと反転し歩き始めた。そう言えば名前も知らない。

私も名乗ってない。

聞いてみたい。でも、喋っちゃだめだ。逃げ出せたら、本当に無事にここから出られたら、御礼を言って名前を聞こう。






 人の声や足音、金属の擦れる音、衣擦れの音、前は見えないけれど人がたくさんいることは分かる。何度か人ともすれ違った。

まだばれてない。どうか最後までばれないで。

「ここから少し走る。転ばないようについてきて」

小さな声でそう言われると、前の足が急に速くなった。私も急いで追う。

しばらく走ると、また緩やかな歩調に戻った。

「おい、門を開けてくれ」

「ああ?有事以外開けられんぞ」

おじさんっぽい声がする。ここはどこなんだろう。門というからには出口に近いのだろうか。

「有事なんだ。松山様が連れてきた女が逃げた。まだ中にいるとは思うが、万が一を考えて北橋と西橋を閉じる。若様が関係しているらしいから、さっさと捕まえんと事だぞ」

ずいぶんと焦った口調だ。とても嘘を付いているようには思えない。

「そっちの女は」

私に声が向く。しゃべるな、上を見るな。

「この女は医者の使いだ。人手が足りないらしく、薬の仕入れを頼まれている。ついでに北橋に伝令を持って行ってもらう。これは医者からの許可書だ」

ふむ、とおじさんの声がして、しばらく沈黙が続く。何度も心臓が強く胸を押し上げる。

「分かった、通れ」

「いくぞ」

そう言われて、前の足がまた動き出す。

別の人の足も視界に入る。隣を通る時、無意識に息を止めていた。

小さな木戸を潜る。一歩外に出ると、妙な達成感があった。走って逃げてしまいたい。

その気持ちをぐっと抑える。

前の足が一旦振り返る。

「ちょっと待ってろ」

そう言って足が見えなくなる。ここで一人にされたらどうしよう。

その不安も杞憂に終わり、牢番はすぐに戻って来た。

「待たせた。行くぞ」

そう声を掛けられて走り出す。

私は顔を上げて、前を進む背中を見つめていた。





森と言うのだろうか、茂った木々の間に身を隠す。

「外に出たが安心するな。すぐに追手がかかる」

周りを慎重に見渡す相手に、呆けたように見惚れる。

あの恐かった目ももう恐ろしくはない。

「ここからまっすぐ走ると、しばらくすると川沿いに出る。そのまま川に沿って行くと小さいが町に出る。後は悪いが自分で何とかしてくれ」

「はい」

牢番が立ち上がる前に声をかけた。

「あの、ありがとうございます。お礼したいですけど、私今何もなくて」

「気にすることはない。私がしたくてしたことだ。逃げ切ってくれたらそれでいい」

「よかったら、名前教えてもらえませんか」

「それはできない。お互い知らない方がいい」

断られて残念に思う。でもどうして、なんて聞けない。

この人にはきっと何か考えがあるのだ。だから足を引っ張るようなことをしてはいけない。

悲しい感情を押し殺す。

牢番は立ち上がると此方を見ないで言った。

「出来るだけ時間を稼ぐ。遠くに逃げてくれ」

そう言うと牢番は私に背を向けて歩き出した。

名前は教えてもらえなかったけど、顔はずっと覚えている。

いつかもしもまた会えたら、きっと恩返しをしよう。

自由になったこの身で。







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