真っ青な空は雲ひとつなく、太陽が運動場にいる全員に光を降り注いだ。

だが陽の光を浴びれば誰でも晴れやかな気持ちになるわけでもない。

は天井に広がる空など見向きもせず、ただ淡々と授業をこなしていた。

ただその様子は誰の目からも上の空であることが火を見るより明らかで、今にも怪我をしてしまいそうだ。

見かねた友人が手裏剣を持ったの手を押さえた。

「あんた何してんの?そんなんじゃ怪我するよ」

「ああ、ね」

「『ね』じゃない。ってもう怪我してるじゃん。手裏剣で指を傷つけるなんて下級生じゃあるまいし」

深くないが、指にいくつか入った切れ目に友人は眉を顰めた。



「うん?」

友人の呼び掛けに返事をするものの、その目はどこも見ていない。

その反応に友人の眉が吊り上がり、両手を大きく広げると勢い付けての両頬を叩くように挟んだ。

痛々しい音が鳴る。

その刺激にの目が戻ってきた。

「いったーい!!!何すんの!?」

自分で頬を押さえたいが、友人の手がの頬から離れずの顔が自分から逸らさないように固定した。

「あんた何考えてんの!?バカじゃないの!?一体何があったか知らないけどね、簡単に感情を表すんじゃないわよ!あんたくの一でしょ!!」

バシバシと強烈に伝わる友人の声がさらにを刺激する。

感情的なそれを受けると、の感情も同じように湧きあがってくる。

は強く上唇を噛む。

目の縁には今にも零れんばかりの涙がフルフルと留まっている。

その様子に友人は一度ため息を吐くと、右手を頬から離し左手は強く押すと、の顔が周りから見えないようにした。

「先生、すみません。の具合が悪いようなので保健室へ連れて行きます」

叫んだ大声に一同が注目していたため、今の状態は全員が知るところなのに、友人は平然と言ってのけた。

そして先生は苦笑して頷いた。

「そうね、ちょっと調子も悪そうだし、連れて行ってあげなさい」

「はい」

友人は先生の返事に特に何の感情も浮かべないまま、の背を押して一応保健室の方を目指した。しかし保健室に行く気など少しもなかった。

先生の目から逃げることができてから、真っすぐに長屋へ行き先を変更した。














友人はを押し込むように自室へ入れた。

パタンと障子が閉まる。

「叩いて悪かった」

真っすぐな言葉はすんなりとの心に入る。

は頭を振った。

「ううん、私こそ、鬱陶しくしてごめん。あとありがと」

「ん」

二人は静かに座った。沈黙が落ちる。それは居心地が悪い物ではなく、心の準備をする時間だった。

は深く息を吸うと、ゆっくりと吐きだした。

「今日ね、勘右衛門が朝、来なかったの」

は小さな声で話し始めた。友人は身を乗り出して心配そうに聞く。

「不破君は調子が悪くて食事が取れないって言っていたんだけど、なんとなくね、勘右衛門が私に会えないって思ったんだってことが分かっちゃったの。ハズレてないと思う」

友人は一言も発しない。頷く動作もない。ただを見る。

「勘右衛門は私をもう見てくれないんだ、って思ったら急にストンって『ああ、もう駄目なんだな』ってことが分かっちゃって」

そこで止まっては息を押し込んだ。彼女の目からは先ほど押さえていたものが堤が切れたように流れ出していた。


「見てくれなきゃ、変わんないもん。会わなきゃ、好きになってもらえるはずないじゃん。好きになってもらえないなら、私頑張るのなんて無理だよ!!」


段々と掠れている声が苦しさを鮮明に伝える。は熱い目から零れるものを拭おうとしなかった。床の上でグッと力の入った拳を懸命に握り締める。

友人はに近づいて、手を伸ばして頭を抱きしめた。

「ごめんね、授業が始まる前に気づいてあげられなくて」

は肩でゴシゴシと頭を振った。

「どんどん泣きなよ。私あんたが頑張ってたの知ってるよ。私にしちゃ、毎朝あんなに早く起きるのなんて奇跡だもん。あんたがいつも必死だったの知っているから、暫く鬱陶しくしてもいいよ。この部屋限定ならね」

はその言葉に促されて、友人の背中を掴んだ。それから、声をあげて泣きはじめた。

全部吐き出すように流される掠れた声は、時間を過ぎれば段々と小さくなっていった。












落ち着いてきたを友人は解放した。

目が赤くなり、腫れて、頬には涙の跡がくっきりと着いていてみっともない姿だが、友人にはそれが少し愛しく思えた。

、寝転がっても良いよ。疲れたでしょ。布団いる?」

「優しすぎて怖い、」

「安心しな、暫くの間だけだ」

「何もいらない」

合間に垂れてきた鼻水をすする音がする。

は目をつぶって体を横にした。

「ありがとう、落ち着きました」

「それはよかった」

友人はできるだけの近くに座った。やはり人がいると安心する。

「でも、なんかやっぱり元には戻れそうにない」

「戻る?」

「うん、なんか勘右衛門に対して頑張れる自信がないの」

の心はすでに落ち着いていた。妙な静けさが胸の中を冷たくする。

「ふ〜ん、まあそれならそれでいいんだけど」

「うん」

「あんたまた明日の朝、食堂行きなさいよ」

今言ったことを聞いていたのか?とは友人に目を向けた。

それに友人はため息を吐く。

「今まで頑張ってきたものを、あんたの勘だけで終わらせるの?本当に今日たまたま来なかっただけかも知れないでしょ。ただ行くだけなら、あんたならちょっと位頑張れない?」

全て勘にすぎないけれど、にはもう最後が見えていた。

それでもこのまま勘で終わって、もし違ったとすれば、ものすごくバカな理由でこの恋を終わらせることになる。確かにそれは避けたいものだ。

は頷いた。

「分かった。明日も行ってくる。勘右衛門の顔見たら、もしかしたら元気になるかもしれないし」

今まで泣いていたのに、泣いていた原因を見ればまた元気になるかも知れないという発言は何ともおかしいものだ。これが恋の病というのなら、重症に違いない。

泣き疲れたのか、ウトウトとし始めたは誘惑に負けて意識を手放した。

そして午前授業だったこの日は結局その後の授業を受けないまま、放課後となってしまった。











次の日の朝、やはり勘右衛門の姿を見ることはできなかった。




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