は帰ってきて、小松田さんに会って、それから先生にお使いが終わったことを伝えて、やっとお使いに言っている間ずっと気になっていた勘右衛門に会いに行ったら、何かおかしなことになっていた。

「兵助、勘右衛門は?」

「さあ、どっか行った。たぶん屋根の上じゃないか」

淡々と言う久々知。しかし「どっか」とはあまりに人事のような言いぶりだ。

「何かあった?」

久々知は一度髪をクシャクシャとすると、ため息を吐いた。

「会えば分かると思う。どうにかしてやりたいけど、気持ちが分かる分、強く言えないんだよな」

首を力なくコテンと横にした久々知の眉はかすかに下がっている。彼は勘右衛門に対してどうあるかを悩んでいる。

「ちゃんと言ってやるのがあいつの為なんだよな」

「何を言ってるか分かんないんだけど。まあ、いいや。会えば分かるんでしょ?兵助が言えないことなら私が言う」

ヨシ、とは力を入れて障子を閉めた。


久々知は情けなく笑った。

って強いなぁ」
















「勘右衛門、発見」

その声に勘右衛門は跳ねるように起きた。屋根の上から少しずり下がり、慌てて瓦の上に手を当てた。

、帰ってきたのか」

「つい今しがたね。部屋にいないでこんな所で何してるの?」

は普通に聞いたつもりだが、勘右衛門は言葉を詰まらせた。

彼が屋根の上にいるのは、人がいるところにいると責められる気がして居づらいからなのだが、情けなく感じられてとても口にできない。

「本当にどうしたの?勘右衛門も兵助もおかしいよ」

訝しがってが尋ねるが、勘右衛門は口を固く閉じたままだ。

その様子には小さくため息を吐くが、彼女は自分が勘右衛門に会いに来た理由を優先させることにした。


「勘右衛門、ちゃんと仲直りできた?」


は話を逸らしたつもりだったが、それこそが核心だった。

ビクリと肩が動く。あまりに分かりやすい反応。

それだけで十分には伝わった。

久々知が「気持ちが分かる分強く言えない」と言っていたことも理解した。

確かに言い難い。

なぜなら勘右衛門は十二分に反省しているからだ。

心のこもらない謝罪なら悩むことなどない。

「分かるんだけどね」

は苦笑した。

それから表情を引き締めて勘右衛門に向かう。他の人が言えないのなら、が言うのだ。

「勘右衛門、謝る時の怖さは私もよく分かるよ。謝っても必ず許されるものじゃないもの。でも許されることを前提に謝ることなんてのは駄目だよ。許されなくても、謝ることはしなきゃいけないんだから」

言わなくても勘右衛門は分かってるはずだ。でもが口にすることで改めて実感することができるかもしれない。

「しなきゃいけないことは、やっぱりしなきゃいけないんだよ」

は当たり前のことを言うが、意外と忘れやすい。

忘れていなくても、そこから逃げてしまう人は少なくないはずだ。

「うん、分かってる。ごめん」

ショボンと項垂れる勘右衛門。

は勘右衛門に近づいて、丸まった背中を勢いよく叩いた。

「いてっ」

「背筋伸ばして!そうやって態度まで暗くしてると、余計気分が落ちるよ。シャキンとしよう」

「おう」

勘右衛門はグッと背に力を入れた。綺麗に背筋が伸びる。

それを見ては笑った。

勘右衛門は苦笑する。



一つ間を置くと、勘右衛門は目をつぶって息を吐いた。

それからパチリと目を開き、勘右衛門はを見た。

「なあ、。頼みがあるんだけど」

「ん?」

を呼んでくれないか?たぶんくの一の所にいるだろ」

真っすぐな瞳はもう迷いも戸惑いも怯えもない。

その勘右衛門の目をは久しぶりに見た気がして、心が軽くなった。

「うん、分かった。じゃあ、くの一長屋の入り口近くにいて」

「うん」

は問題が無事に解決しそうなのを見て、足早にその場を後にした。





残された勘右衛門が体に力を入れる。


全て話そう。

傷つけたことを謝って、自分がどう思っているか、感じているか話して。許してもらえないかもしれない。

もしかしたらすごく嫌な顔をされるかもしれない。

それでも仕方ない。それは自分がしたことに違いないのだ。







勘右衛門は許されない覚悟を決めた。







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