ドリーム小説


「勘右衛門、どっか行くのか?」

授業が終わったので教室を出ようとしたら、兵助に呼び止められた。

「昼寝してくる。昨日、眠れなくてさ」

提出が今日までの宿題をやってたら、いつの間にか朝に近くなっていた。

おかげで授業中あくびをして先生に睨まれた。

「部屋に戻るのか?」

「あ〜」

布団の上で寝るのが一番いいよな。

ふっと空を見る。薄らと雲が見える青空だ。この天気なら外の方が気持ちが良さそう。

「いや、どっか日当たりのいいところで寝る」

「そうか。気をつけろよ」

「お〜」

眠いせいかあまり力の入らない足取りで外に出た。

さて、どこに行こう。














見つけた場所は屋根の上。ここなら人目にも付かないし、邪魔にもならず、風も心地よい。

さいこ〜。

瓦の上に寝転がったらすぐに夢の中へ入って行った。















よく眠った。自然と目が開くまで好きに眠り込んだ俺は、とても気持ちよく起きた。

上体を起こして腕を伸ばす。

「ん〜、すっきりしたぁ」

自然と頬が緩む。もう少しここに座っていても良いが、日がだいぶ西に進んでいる。日の入りまではまだ時間があるから、皆と合流しようか。

斜めの屋根から滑り落ちないように気をつけて立ち上がる。

反対側の方が長屋には近いからそっちから降りよう。



そう思って振り向いた瞬間、俺はまた屋根の上に伏していた。




ドッドッと心臓が胸を破こうとするように鳴る。

予想外のことに反射でしか動けなかった。

俺は身を伏せたまま、ジリジリとまた向こう側を盗み見た。


間違いではなかった。

がいた。しかも穴の前に。


もしかしてあれ掘ったのか?俺を落とすためか?

いやだが待て、今俺はあれを確認した。ってことはあそこに近寄らなければ良いんだ。

のどんな誘導にも屈するものか。

対策のために、がどんな行動をとるのかしっかり見ておく。

は木の下まで歩くと、懐から縄を取り出し幹に結び付けた。


・・・用心縄?

縄の端を持って穴に再び向かい、それを穴の中に放り投げた。

緩かった縄の線がピンと張る。

は張った縄を持つと、腰を低くして引いた。

何をしているんだ?

見たところ重いものを出そうとしているみたいだけど。

がこれでもかというほど力を入れている。縄がの後ろで余ってきた。




穴の中から白い手が出る。



・・・あの穴って発動済みだったのか。

穴から上半身を出したその姿は見覚えがあった。

あ〜、伊作先輩。

伊作先輩は穴から抜け出すと座りこんだ。も膝に手をついて肩で息をしている。




は、人助けしてたのか」

なんだか少しホッとした。





疲れている二人を見て、なんだか昔を思い出した。


・・・は罠に引っ掛けるけど、必ず助けてくれるんだよな。

穴に落ちた時も、池に落ちた時も、木に吊られた時も。

いや、が仕掛けたんだから当然。





『うっ、うっ』

『勘右衛門、ほら、手』




『ごめんね、痛かった?今度は怪我しないような作りにするから』

『その前に罠作らないでよ』

『無理。怪我したとこ、保健室で見てもらおう』

『・・・うん』





・・・恥ずかしい。

落とし穴に落ちたくらいで何泣いてたんだろう。

弱いぞ、昔の俺。

、無理って、ちょっとひどい。



でも、心底悪い奴じゃないんだよ。

そもそも悪い奴だったら、日頃から周りに人が集まって来ない。

三郎たちだって庇うもんか。




は悪い奴じゃない。俺は知っているんだ。

だから悲しい。

どうして俺はあいつに嫌われているんだろう。








「誰が好き好んで先輩にしますか!!?」




ハッとする。思いっきり過去に浸っていた。

今の声はか?

初めて大声出してるの聞いた。

相手は温厚な伊作先輩なのに、一体どうしたんだ?

好き好んで先輩にしますか??

口の形から伊作先輩もしゃべっているようだが、声が小さくて聞こえない。


「先輩がいたいけな少女の純粋な心を踏みにじったんです!!」


え?伊作先輩が?


「悪いですよ!!極悪ですよ!」


は手を振りかぶってそう叫んだ。


伊作先輩は穏和だし、が怒ったところなど見たことが無い。


は先輩を極悪だと罵る。もしかしてこれは僕が知らない二人の一面なのだろうか。



「好きな人に近づきたかったんですよ!!」



好きな人。好きな人いたのかぁ。

全くそんなことを知らなかったが、も14の女子だ。好きな人がいたとして普通。

普段の行いから一部のくの一と一緒で「男なんて・・・」って方かと思っていたが、ちがったのか。

この流れで行くと、が好きな人に近づこうとしているところを伊作先輩が邪魔をして、それを駄目にしたってことかな?



伊作先輩が邪魔をするってことは、の好きな人ってもしかして留三郎先輩か?


かっこいいもんな、留三郎先輩。あの人だったら、の奇行も寛大に受け止められそうだし。

って、奇行に遭うのは俺だけだ。

「先輩は乙女心が分からない人です!」

一応俺なりに予測を立てたものの、伊作先輩の声が全く聞こえていないので違う可能性がある。

まず伊作先輩は乙女心かは分からないけど、人の気持ちに機微に反応できる人だと思う。だからの言葉を鵜呑みにできない。



が伊作先輩の腕を肩に回した。


もしかして伊作先輩は怪我しているんだろうか。

手伝った方がいいな。

女子には年上の男子の体は相当重いはずだ。




・・・一応、前助けられたりしたから、いや、ひっかけたのもなんだけど、とりあえず借りを返すってことで。

に近づく理由をなぜか自分の中で正当化できる内容に変えて、俺は屋根を下りた。






少し進んでいる二人に駆け寄る。


!!」


俺が呼ぶと、伊作先輩との間から顔を振り向かせた。

そういえば、が俺に見せる顔はいつも作られたような笑顔ばかりだから、こういう自然な表情が俺に向けられるのは初めてかもしれない。

目を丸く開いたは足をとめた。

「か、か、かん、勘右衛門?」

どうしてそんなに驚くんだ?あ、いつも俺が避けているからか。

「伊作先輩、怪我しているんですよね。俺が肩貸しますよ」

に話しかけるのをやめて、俺は伊作先輩に対象を変えた。

「そうかい?じゃあお願いするよ。ちゃん、ありがとうね」

先輩はすんなりの肩から腕をはずす。俺は近づいてその腕を肩に回した。

先輩の重みが肩にかかる。


「え、え?」


何故そこまで動揺しているのか分からないが、が普段の思考回路に戻る前に離れてしまおう。

俺は伊作先輩の背中に回した手で、先輩を歩くように促した。















から離れて暫く。

俺はその間、少しだけ居心地の悪い気持でいた。

先ほどの会話の真意を確かめたい気持ちと、盗み聞きした後ろめたさの葛藤。

聞きたいけれど、そもそも内容はのこと。

はここにいないのに、話をするのは下世話かもしれない。

しかし聞きたい気持ちは収まらない。

が好きな人が、食満先輩かどうか。

そこまでいかなくても、に好きな人がいるかどうか。

どうしてこんなに聞きたいと思うのか。これが野次馬根性というものだろうか。



「あの、って好きな人いるんですか?」

心臓をドキドキさせて聞いてみる。恥ずかしくて頬が熱くなった。

「え?」

まさか俺がこんなことを聞くなんて思っていなかった先輩は俺を見た。

「すみません、さっき先輩とが話しているの聞いちゃって」

「あ、そうか。なんだ。ああ、でもちゃんはこれでいいのかな」

俺に話しかけているわけではなく、先輩は一人ごとを口にした。


「ほんと、勝手に聞いて悪かったなとは思います。でも俺皆に言いふらしたりしません。とは仲がいいってわけじゃないけど、嫌いなわけじゃないし」

グッと腕にかかる体重が増えた。


「勘右衛門君は、いったい何を聞いたの?」


「えっと」

すでに聞いてしまったことを自白したのだが、やはり後ろめたさは消えないものだ。

「その、が好きな人に近づこうとしたのを先輩が邪魔をした、ということです」


「ちなみにその好きな人って誰か聞いた?」


首を小さく傾げる先輩だが、なぜか尋問されているような気になるのは年の差のせいだろうか。

「いいえ、聞こえなかったので。ただ・・・」

「ただ?」

口ごもるのは、それが邪推だからだ。妄想と言ってもいい。


「相手は食満先輩なんじゃないかなぁ、なんて」

自分の予想である、という風に言ってみたが、伊作先輩から帰ってきた答えはため息だった。


「昔の業は根深いね」

「は?」

伊作先輩は額に手を当てて困った顔をした。その手を下ろすと、俺を見てにこりとほほ笑んだ。

「勘右衛門君、『うかりける 人を初瀬の 山おろし はげしかれとは 祈らぬものを』って知ってる?」

歌?俺はそっちの芸術方面は苦手なんだけど。

「いいえ」

「そう、じゃあ調べなさい。すこしは今のちゃんの気持ちが分かるかも。図書館に行って調べるんだよ?人に聞いちゃいけない」

「はい?」

何故そこまで念を押すのだろう。

その歌での気持ちが分かる?というか、どうして俺に知らせるのか。

盗み聞きをしたことをなじる歌なのだろうか?

「さ、保健室まであとちょっとだからよろしく」

「あ、はい」


そこできっぱり打ち切られてしまって、他のことを聞くことができなくなった。

なぜわざわざ歌に例えたりしたんだろう。




















勘右衛門君に保健室まで運んでもらい、今左近に手当てをしてもらっている。

戸を閉めて行った彼は図書館に向かってくれただろうか?


「結果は僕がどうこうできる話じゃないけれど、このままじゃあまりにちゃんが可哀そうだ」

「は?」

つぶやいたつもりだったが、左近は話しかけられたと思ったらしい。

「いや、左近は包帯の巻き方が上手くなったなって」

「別に普通ですよ」


嬉しいのに、恥ずかしくて赤い顔をしながらそれを隠す後輩。

一生懸命頑張っているのに、それが相手に伝わらない後輩。

すっごく頑張る不器用な後輩たちを応援したい。



そんな気持ちを込めて、僕の足を治療する左近の頭を撫でてみた。






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