ドリーム小説
放課後、閑散としたくの一教室にては一人座っていた。
もちろん授業中でもないのに彼女が行儀正しく机の前に正座している訳もなく、窓枠に乗り背を障子に預けている。
いつもの様子とは違い、目を細めて青空の元で明るく輝く外を眺めている。感情を読めないその顔は少し大人びている。
彼女は一度目線を外すがまた元の場所に目を向ける。他に俯いたり、上を向いたりするものの、結局はまた元の場所に目が戻る。
彼女の目の先には、彼女の愛しい人の姿。
以外にいなかった教室に一人訪れる者がいた。同室の友人である。
「探したよ、」
入ってきた人物にはほほ笑む。
「ごめん、ボォっとしたかったの」
立ち上がらないに友人が近づく。すでに付き合いが五年になる相手の目的は、窓の外を見れば一目瞭然だった。
「ここに覗きをしている人がいまぁす!誰か捕まえてぇ」
明らかに棒読みと分かるそれだが、は慌てた。
「ちょ、勘右衛門に聞かれたらどうすんの!!?ばれたら余計警戒されんでしょうが!!」
容易に勘右衛門のところまで聞こえる声でないことなど分かるはずなのに、後ろめたさのせいか正常な判断ができないでいる。
「警戒されるようなことする方が悪いと思うけど」
もっともな言い分である。しかしそれに対しは鼻を鳴らした。
「何よ何よ、別に風呂場覗いてんじゃないんだから良いじゃない。私だって一応我慢しているんだからね」
「もし風呂場覗いてんだったら、今後あんたとの付き合い考えさせてもらう」
風呂を覗くのを我慢しているという発言は乙女としてどうであろう。
我慢しているからまだ大丈夫か、我慢しなければならない状態であるのですでに手遅れか。
幸いなことに友人は前者を選んでくれたらしい。
先ほどは茶化したものの、友人もまたにつられて窓の外を覗く。
「あんたはよく、この状況を見てられるね」
確かに窓の外には勘右衛門の姿を確認することができる。
だが、勘右衛門を焦点にすれば絶対に視界から消せない人物たちもいるのだ。
忍たま五人と、くの一一人。正しく紅一点。
更に勘右衛門とは隣り合って楽しそうに話しているのだ。
好いた男が親しげに女といる光景。
女子ならば、目を逸らさずにはいられない。
それをずっと、は逸らすのを耐えながら見つめていた。
一度友人が来て逸れた視線は再び勘右衛門を捉えている。
「逸らしていい現実なら、とっくに逃げてる」
の眉間に、辛さを耐えるような皺が刻まれる。
「見る分なら、逸らして良いじゃない。今見ていて何か変わるわけじゃないし」
「ううん、なんか変わる気がする」
ジッと一点を見つめても、勘右衛門と目が合うことはない。
彼は彼女が遠くから焦がれていることを一切知らない。
「現状は変わらない。というか、今ここで見ていることがばれたら余計私の立場は悪くなるだろうけど」
さも恐ろしいと言うように腕を抱いた。しかしその行動は友人へ理解を乞うための行動であったため、すぐに下ろされる。
「今ここで見なかったことにしたら、負けた気がする。勘右衛門のことが好きだなんて言えなくなる気がする」
友人は視線を下ろすと、の手が拳を握っていることに気が付いた。
が分かっていないはずがない。勘右衛門のに対する態度と、勘右衛門の隣にいる完璧とも呼べるの存在でどれだけ自分の願いが絶望的であるか。
「私が負けるときは、直接勘右衛門に振られる時」
それを強く意識する。
凹まない人間も、折れない意思もない。
自分を守るために決意する。
自分で認めなければ、まだ頑張れる。
「にとって代わる気満々?」
「は?」
友人の言葉には首を傾げた。
友人にしてみれば、視線を離さない行動は野心の表れにしか見えない。
「勘右衛門の隣を狙うってそういうことでしょ」
今現在、まさに勘右衛門の隣にがいるのだ。
その発言には笑った。
「まさか。あんなのいくらだってくれてやるわ」
あんたが上げられるもんじゃない、と友人は思ったが流石に口に出さなかった。
言ったら絶対におかしな方向へ進んでしまうから。
それよりもの位置をあんなの呼ばわりしたことだ。
あの五人に憧れる多くの女子がに憧れ、妬む。五人に一番近い存在が、くの一の中でだ。
が勘右衛門に近づきたければ、言葉は悪いがを蹴落とさなければと考えないか?
一緒にいて五年。未だお互いの思考を全て推し量ることはできない。
「私は五人にちやほやされたいわけじゃないもの。欲しいのは勘右衛門の隣だけ。あんなもんじゃない。もっと、もっと、もっと近く」
普段、ふざけているような発言が多い友人から出る欲。
暗くドロリとしたそれがの笑顔を染め上げる。
彼女の思考はどこか、周りの少女と違う。
長すぎる時間のせいか、勘右衛門への思いはもはや執着に見える。
「もう時間が少ないじゃない?あと一年ちょい。時々焦りそうになる」
すでに四年を勘右衛門に費やしたにしてみれば、確かに一年は短い。
時は戻らない、長くなることもない。四年間、全く改善しなかった勘右衛門との関係を思う。変えたいのなら今のままでは駄目だ。
その考えがを急かす。
「毎日全力投球のあんたが焦るって一体どうなるのよ」
「そりゃもう、こう、思い切って好きって打ち明けて、私の存在を意識させて」
微妙な手つきで表そうとするだが、友人にはそれが少し気持ち悪かった。
「そういえば、あんたまだ一度も勘右衛門に好きって言ってないのよね?他の人間には言うくせに」
「決めたの」
「何を」
は立ち上がった。いつの間にか六人の姿は窓の枠から消えていた。
「勘右衛門に押し付けないって。ほら、一年の頃って罠に引っ掛けて無理やり私との時間を確保させてたじゃない?でも、それが裏目にでるって分かったから、もう私に合わさせるやり方はやめたの。私が勘右衛門に合わせるの。好きって言って私を意識させるんじゃなくて、私を好きになってもらえるまで私が頑張るの」
「確かに、毎朝食堂前で勘右衛門が来るまで待ってるもんね」
頷いた友人には抱きついた。友人はその頭をなでる。
幾度も繰り返したその行為。
自分の位置と、意思の再確認と、やはりの存在では今少し弱くなっている。
「どうしてかな、諦めれば楽なのは知ってるんだけど、やっぱ光って見えるのは勘右衛門なんだよね」
「うん」
本当は何度も諦めそうになった。そうしてしまうのが楽だと思った。
振り向かない相手を追いかけるより、自分を愛してくれそうな人に目を向けてしまえば。
折れそうになって泣くことなんて何度もあったのに、諦めないように背中を押してもらえるから、は自分の思いをまだ貫き通している。
「私、まだ頑張れるよね?」
「うん、あんたはまだやれる」
希望は消えない。
手応えはあった。勘右衛門が自ら、話しかけてきた。翌朝の反応はやはりいつもと変わりなかったが、今までなら考えられなかった行動。
変われる。変えられる。
諦めなければ、まだ負けじゃない。負けてないなら、まだ頑張れる。
この恋は、まだ終わらない。
私が、終わらせない。
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