鼠男と残念賞

三話





「今お暇ですか」

「よかったら」

「是非」





「いやぁ、あんたと町に来ると食費が浮いていいわ」

満足そうに笑う隣の友人。
楽しそうで何よりだが、私は疲れた。

つい今し方、食事処で昼食を済ませた。何故私と来ると食事が浮くか。
お店の主人が男だと安くしてくれたり奢ってくれたりするから。もちろんお友達さんも、と。

それだけならありがたい話だが、その後決って今後の予定を取りつけられようとする。
金銭の絡むやり取りがあったあとは格段に断りにくくなる。
それでもやはり断るのだけれど。


「疲れた」
まだまともに買い物をしていないのにこの疲労感。
店の人だけならまだしも、歩いているだけで声をかけられ一々足を止めないといけないのも煩わしい。

「あら、疲れたのなら甘いもの食べる?確かあそこの甘味屋の若旦那、あんたのこと気に入っていたわよね」
「勘弁してよ」
私を過労死させる気か。

「冗談よ。で、今日の買い物は?」
「紅と暖色系の髪紐が欲しいわ」
「そう、私は簪の一つでも欲しいわね」
女二人の買い物はまあ小間物屋が基本だろう。
懐の財布を布越しに確認する。それなりに持ってきているはずだ。

友人がじっと私を見てきた。

「何?」
「あんた本当に美人よね」
「改まって、気持ち悪いわよ」
「だってそう思ったんだもの。でもその容姿を利用しないのは理解できないわ」
チラチラと周りを見渡す友人。

「そこら辺につっ立ってあんたのこと見てる男に貢がせれば良いのに」
「嫌よ、後で面倒だもの」
「あら、貢がせたことがあるような言い方」
「ないわよ。向こうが勝手に買ってくることはあるけど。町に来にくくなるのよね」

学園の近隣にはそんなに町は多くない。町中でもめ事を起こせば碌に買い物にも来られない。
もめ事が起こらなくても貢がせた相手に会うかと思うと、後味悪くて町に出てくるのが億劫になりそう。
「ほら、変なこと言っていないでさっさと行こう」
変なのに絡まれる前に。先ほどから視線を感じる。

「あの、すみません」

遅かった。
斜め前方から若い男性二人。

「今お暇ですか?」
おずおずと頬を染めながら聞く様は傲慢な態度を取る男よりはマシ。
「いえ、暇じゃないです」
ただマシと言うだけで、話に乗るかのらないかは別の話。
知人でもない女に話を掛けてくるような男は好きになれない。

「あ、そうですか。じゃあ、また機会があったら」
それに返事をしないで、友人の着物の裾を掴んで引っ張った。
友人は口に手を当てて笑いをこらえている。
私の突っぱねた態度が楽しいらしい。







「あ、ねえねえ」
「何?」
紐を見ている所で友人に肩を叩かれた。
朱色と橙どちらが良いかしら。

「知っている男に貢がせたら?」

「は?余計後味悪いわよ」
何を寝ぼけたことを、と私は適当に答えた。
それで友人は話し掛けてこなかったので、2つの選択に戻る。

色としては朱が好きだけれど、橙は明るい色だから一つで雰囲気を変えられる。
値段はどちらも変わらないから、本当に自分が欲しい方で決まる。
朱色は好きなだけに、似たような色も持っている。
なら今回は橙か。

「よし」

「なんだ、そっちを買うのか?」


隣にあった人影は友人だと思っていた。
しかしきちんと隣を見れば友人が来ている着物の色と違うし、何より男物の着物。
その上を見れば憎々しい白い顔。

「鼠男、こんな所で何やってるの」
「本当にお前は挨拶を知らない女だな、残念賞。そこでお前の友人に引きとめられたのだ」

ああ、知っている男。この男に貢がせたら、といった友人は未だ寝ぼけているに違いない。
その肝心の友人はどこに行ったのか。
店を覗くがいない。

「お前の友人なら外だ」
「どうも」
指さされた方を見ると、確かに友人がいて、誰かと話しこんでいた。

「あれ、潮江じゃない」
「ああ、そうだ」
「一緒に来たの?」
「ああ」
隣にいる男は無関心に髪紐を手に取っていた。
「へえ、意外ね」
「意外か?」
「意外だわ」
そもそも立花が誰かと買い物に来ているというのが不思議だ。
買い物も何でも一人で全部済ましてしまいそうなのに。

「おかしなことはないと思うが。同じ組で同室だ」
「そうね、そう聞くと不思議じゃないわね」
それなら必然的に仲が良くなるだろう。


私は手に取っていた紐を買うべく店の奥へ入ろうとした。
「それを買うのか?」
「そうだけど」
「あまりお前らしい色じゃないな」
「・・・そうかしら」
例え相手が立花であろうと、人にそう言われてしまうと戸惑う。
似合わない色を買ってももったいない。

「でももう朱色は似たような色持っているのよね」
「朱色があるのなら赤みのある紐は要るまい。これはどうだ」

立花の手には藍色の紐が握られていた。
「暗すぎない?」
「お前は深い色の方が似合う様に思うよ」
「そうかしら」
髪の毛が真っ黒なのに深い色を付けると目立たないと思うのだけど。

「橙より?」
「橙はあまり合っているとは言い難い。それなら桜や桃の方が良い」
「ずいぶん的確に仰いますね」
「私は趣味が良いからな」
「ああ、そう。でもそうね、今日は暖色の紐が欲しくて」
「そうか。なら私は桃を進めよう。残念賞は肌が白いからよく映えるだろう」
「・・・一つの単語で全てが台無しね」

せっかくいつもよりは良い調子で会話が進んでいたと言うのに。
力を抜くように私は息を吐いた。せっかくの休日。せっかくのお出かけ。

気持ちを落ち着かせて、勧められた桃色の紐を手に取る。
「・・・そうね」
桃色、持っていなかった気がする

「せっかく見立ててもらったから、これにしようかしら」
肌が白くて良く映える、なんて言われると悪い気はしない。
立花の言うことを聞くのは少し気に食わなくもないけれど、今日は置いておくことにしよう。


「驚いたな」
「え?」
ポツリと立花の言葉が耳に入る。紐から目を移すと、立花が苦笑の様なそれでいて微笑んでいるような顔をしていた。

「お前が私の話を素直に聞くとは思わなかった」
「嘘吐いたの?」
からかう為の冗談だったか。
「驚いただけだ。嘘など言って何になる」
「それはそうだけど」
少しだけ不安になって手に持っていた紐を改めて見た。
ただのせられただけだろうか。

「貸せ」

手に私のではない手が重なる。それが紐を取って行った。
「え、ちょ」
訳が分からず慌てて声をかける。立花は店の奥に入って行った。
私もそれを追いかける。
「ちょっと、鼠男。何してんの」
「黙っていろ。店主、これをくれ」
何で立花が買っているのか。
もしかして遠まわしに「お前なんぞが付けるより私が付けた方が似合うわ」とバカにされているのだろうか。
いや、さすがに立花でも桃色はないだろう。紫、もしくは青、緑が似合うんじゃないだろうか。
いや立花に似合う色なんてどうでもいい。

桃が駄目なら何色にしよう。やっぱり橙。

「おい」

「は?」
「何だその声は。本当にお前は女か?」
女よ、と返す前に物を押し付けられた。
「受け取れ」
「何」
「何を阿呆な質問を。髪紐だろうが」
確かに桃色の髪紐だ。何故それが私に渡されたのか。

「どういうこと?」
「鈍いな。やると言っているのだ」

はぁ、と呆れたようにため息を吐かれた。
何の説明もなく物を押し付けられて分かるわけがないでしょ。
言い返す前に肩を押され入口を向く。確かに店内では迷惑だ。
あまり広くない店を出て、大通りに場所を移す。友人と潮江はまだ喋っていた。

「鼠男に物をもらう理由がないんだけれど」
「褒美だ」
「ますますもらう理由にならない。褒めて頂くようなことをした覚えはございません」

手に持っていた紐を突き返す。しかしそれを受け取らせるための手を出さない。
無理やり袴に突っ込んでやろうか。

「少し素直になった褒美だ。受け取っておけ。男に物をもらうなんて希少な経験だろ」
「偉そうに。男性から物を頂いたことくらいあるわよ」
「それは変わった趣味の奴がいたものだ」

立花は腕を組み見下ろしてきた。

「返されたとて、私がそれを使うことはない。似合うまい?」
先ほど思考したことがそのまま立花から繰り出された。全くその通りである。
「分かった」
一度出た店にまた入る。

色々済ませて出てくると、立花は同じ場所で待っていた。
道行く女子がチラチラと窺っている。

「はい」

されたようにし返した。落ちそうになるのを立花が受け止める。
渡したのは濃紺の髪紐。

「それで貸し借り無し」

立花は手に持った髪紐を仕方なさそうに握った。

「褒美だと言ったのに。お前は本当に残念賞だな」
「どこら辺がそうなるのよ」

いつもと変わらぬ悪態。
しかしいつもと笑みが違う気がする。




私の手に握られた桃色の髪紐。
立花から勧められ、尚且つ買ってもらったとなるとこの上なく使い難い髪紐。
いや、使い難いと言うか使う日は来るのだろうか。

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