3日経った今でも自分の中に起こった熱のことは覚えているし、無理に否定しようとも思わない。
恋は思い込みで成り立つものだから、ちょっとしたきっかけで好きなってしまうことはあると思う。
一目ぼれとかあるわけで、きっかけは些細なことで湧きあがるものなんだ。
よく嫌な人間が良いことをすると良い人間が良いことをするより好意的に見えると言う話もある。
なのであの実習のあの行動が私に何かしら植え付けたのはおかしなことではない。
むしろ自然なことと言っていい。
認めたくないわけではない。自分のことは自分が良く分かっている。
ときめいたし、胸がキュッと締まった気がした。
だから、まあ、好きになったのだと思う、鼠男のことが。
恋をすることは別に良い。この感覚嫌いじゃない。
ただ、どうすればいいのか困る。
告白すればいいのか。好きと表明すればいいのか。
ならば告白したとしよう、鼠男に。
すると、バカにされている様子しか思い浮かばない。
もしくは高笑いしていそう。
無性に腹が立ちそうだ。
相手にされないかもしれない。されない可能性は高い。
笑われでもしたら、どうすればいい。
殴ればいい?
考えたくもないのに想像が容易すぎる。
私の中で鼠男が私に対しての態度というのはそう言うものなのだ。
今まで散々バカにされたしからかわれたし。
冗談と思われたりしたら、笑うしかなくなる。
じゃあ言わないのか。
言わない方が良いのかもしれない。
でも、じゃあ、この恋の意味って何。
言わないって決め付けたら、もう終わりじゃん。
「おい」
不躾に呼ばれ、ハッと視線を上げる。
目の前にあるのは見慣れた鼠男の顔なのに、一瞬で顔に熱が籠る。いたことに気付かなかった。
「な、何?」
「足はもう平気なのか」
「ああ、うん。先生がしっかり巻いてくれたから」
「そうか」
この間までなんとも思っていなかった、いや、憎たらしいと思っていたのに、どうして今はこうカッコよく見えるかな。
そりゃ最初から顔はよかったのは知っていたけど、なんか違う。
「まあ、お前は殺しても死にそうにないから大丈夫だとは思っていたがな」
「うるさい」
人が何を思ってるか知らないくせに、平気な顔して適当なことを。
・・・鼠男は私のことどう思っているんだろ。
@残念
Aバカ
Bアホ
Cどうでもいい
すっごく役に立たない選択肢。負の考えしか思い浮かばない。
こうなると言うか言わないかじゃなくて、すっぱり諦めるか暫く未練がましくいるかだ。
振られると分かっているなら、言わない方が良い。傷つかない方が良い。
「おい」
「何」
人が考え事してるっていうのに。
「何をそんなに悩んでいる」
「・・・別に悩んでなんてない」
「そうか」
クルリと踵を返し、鼠男は私に背を向けた。
一応、心配してくれたんだろうか。
少し照れくさいのと、嬉しいのでほんのり胸が温かくなる。
「あらあら、まあまあ」
外を見ながら友人が棒読みで言った。
「どうしたの?」
何を見つけたのか知らないが、建前で聞いてみる。言ってみて興味がないのがバレバレだと思った。
「うん?いやね、まさかあの子に好きな相手がいたなんてって思って」
「あの子ってだれ?」
「見ればいいじゃない」
ニヤニヤと勿体ぶった言い方をする友人。聞いた手前、見ないわけにもいかない。
それどころじゃないんだけど、と思いながら体を友人の近くに移動させた。
首を伸ばして外を見る。
ごちゃごちゃしていた一瞬で脳内が停止した。
「可愛い顔しちゃって〜。初々しいわよね」
「・・・そうね」
友人の視線の先には一つ下の後輩がいた。
頬を紅く染め、はにかむ彼女は確かに可愛い。
「あんな可愛いなら立花だってまんざらじゃないと思うんだけどねぇ」
シミジミと言う友人の言葉を聞きながら、目の前に入ってくる光景をどう受け止めればいいのか迷う。
立花は一体今、何を思っているのだろう。
「あれは、告白してるのかしら」
とても声は聞こえてこない。どんな会話をしているのだろう。
可愛い後輩と鼠男の関係が気になってしょうがない。あの子は自分の気持ちを伝えたのだろうか。
「さてどうかしら。そう言えば立花は浮ついた話聞かないわね」
「・・・そういえばそうね」
過去を思い返してみて、それらしき話が見当たらない。それなりに告白をされているのは知っているが、それを受け入れられた女を見たことがない。
でもそれは学園の中だけの話で、外で隠れているのなら分からないかもしれない。
「町娘、とか」
「どうかね。まあ、多少つまみ食いしててもおかしくないなあと思うけど」
「・・・言い方が悪いわよ」
つまみ食いって、あまり言い表現じゃない。
たしなめるつもりで友人を横目に見た。
その目に映った友人のニヤリとした顔。
「どうしたの、。今日は言わないのね、『立花なんて〜』って」
「・・・何を言いたいの」
核心を突きそうで突かない曖昧な言葉に引っ掛かってはいけない。
きっと友人は私の反応を面白がっているだけだから、軽く流しておけば踏みこんでこないだろう。
「いや、変だなって思っただけ。あれだけ理解できない理解できないって言っていたのに、今日はどうしたの?大人しいじゃない」
「・・・たまにはしっとりした感じも良いでしょ」
わざと目を伏せて口角を吊り上げて見せた。友人が軽く鼻で笑う。
「顔が良い奴は言うことが違うね」
「お褒めに与り光栄よ」
友人はつまらなそうに肩を落とすと、立ち上がって出て行ってしまった。
外の光景に目を戻す。
明るい日の下に立つ二人の楽しそうな様子は、実際の距離より遠くに感じる。
物理的より精神的に遠い距離。
楽しそうな後輩。
笑う鼠男。
平和な日常。
目を閉じれば瞼の裏に広がる嫌味の応酬。
何も言わないことが自分の為。
抵抗もなく臆病が私の心に住みついた。
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