授業が終わったというのに教室から出ることなく、は机にぐたりと上半身をたおしていた。課題もあるがやる気が起きない。

人差し指でコツコツと机を叩く。視線はそこに向いているが、その映像は脳に入って来ない。

景色が滲んだ状態でぼんやりと何も考えられない。

窓の外の雲は流れ、日は山の間に沈もうとしている。

人気が全く感じられないくの一教室の建物。誰にも聞こえないため息が一つ零れた。







ふと、人の気配を感じては目を覚ました。どうやらいつの間にか眠っていたようだ。

重たい体を持ち上げて教室を見渡した。すっかり暗くなった教室の入り口に、同級のくの一が立っていた。

、こんなとこで何してんの?」

「・・・寝てた」

固まった体をほぐすように伸びをする。

「五年生があんたのこと探してたわよ」

「ごねんせい・・・?」

さて、五年生に呼ばれることなどあっただろうか。

課題で分からない所があるから教えてほしいとか。それなら目の前の友人でも良さそうなもの。

さっぱり見当がつかないものの、可愛い後輩にこれ以上自分を探させておくのも悪いのでは立ちあがった。

「誰?」

「中庭でたぶん待ってると思う」

「中庭ぁ?何でそんなとこに」

面倒くさいと言った気持ちを少し顔に浮かばせて友人を通り過ぎ、暗い廊下を歩いた。










「あの!」

丁度くの一の領域から出たところで話しかけられた。

闇にまぎれそうな紺色の装束。

彼を見ては脱力した。

「ああ、五年生?」

「え、あ、はい。五年です」

特に尋ねたつもりではなかったが、五年生は戸惑った感じで答えた。

相手がくの一だと思っていたために呼ばれる心当たりがなかったが、相手が男であると話が変わってくる。

「あ、あの」

「何?」

オドオドと話を切り出す五年生にはいたって平然と言葉を返した。

男の口が2、3度開閉する。一度唾液を喉に押しやってやっと声に出した。

「ずっと好きでした!付き合って下さい」

にしてみればすでに聞き飽きた台詞である。

日に焼けた顔を赤く染め、軽く俯いたままと視線を合わせない。

それに不愉快そうにの目が細くなった。


――どうして私が出来ないことをやすやすとやってしまうのよ――


頬を染め慕う下級生にあんまりな感情だろう。

自分が諦めてしまったことを出来てしまう相手を見ると、悔しさと自分の情けなさを掻き立てられる。嫉妬だ。

モヤモヤとした気持ちを胸だけに抑え込んで、はいつもの答えを相手に返そうとした。

「あなたの気持ちは・・・」

言葉がそこで途切れた。

震える手が視界の端に映り、それがの焦点になる。

彼は今、ひどく緊張しているのだ。

真っ赤に染まる顔を俯けるのは、恥ずかしさと恐怖と僅かばかりの期待から。

やすやすなど出来るはずがない。目の前にいる男はなけなしの勇気を振り絞って彼女の目の前に立っているのだ。

何度もこんな場面に遭遇していたはずなのに、都合良く忘れていた。

口を閉ざしたを不安そうに男は目で窺う。

視線が合い、ハッとしては気まずそうに目をそらした。

何故この男を一瞬でも軽んじてしまったのだろう。八つ当たりにも程がある。

ただ彼には勇気が有って自分には無いだけじゃないか。

「その・・・」

断りの言葉を渡さなければならないのに、口にすることがとても悪いことのように思える。

「その、どうして、告白してくれたの?」

言葉に詰まって出てきたのがそれだった。

相手は一端キョトンとしたものの、すぐに意味を理解して再び顔を伏せた。短い髪の毛で顔を隠そうとするが足りず、結果拳で口を隠すようにした。

「その、俺、2年の頃から先輩のこと・・・好きだったんですよ。でも話し掛ける勇気とか無くて。だけど先輩六年生でもう今年、卒業されるでしょ。だから、言いたかったんです、すみません」

「え、いや、謝ることなんてないよ」

「迷惑じゃないですか?」

不安そうに出されたその言葉がをドキリとさせた。

先ほどまでモヤモヤとしていたが、相手の精一杯の勇気を振り絞った姿、言葉を聞いて気が付いた。

「迷惑じゃないよ。嬉しい。ありがとう」

自然と優しく微笑むと、それを真正面から見た男は更に顔を赤くした。

の眉が申し訳なさそうに落ちる。

「でも、ごめんね。気持ちには答えられないの。私ね」

男は仕方のなさそうに笑う。

おそらく最初から諦めていたのだろう。

「私ね、好きな人がいるの」

「・・・そうなんですか」

男は少し驚いたようだったが、小さく言葉を返した。

「うん。でも本当に好きって言われたことはすごく嬉しいの。本当に」

「はい」

男は少し考えるそぶりをすると、キリッと表情を引き締めた。

「先輩、ちゃんと答えて下さってありがとうございました。俺、言って良かったです。先輩も頑張って下さい」

頑張って。

まさか応援されると思っていなかっただが、彼の優しさがスッと染み込んだ。

「うん。ありがとう」

一度だけ頑張ってみようか、この人のように。

報われないかもしれない。

もしかしたら、今までのように顔を合わせることもなくなるかもしれない。

それを思うと酷く怖い。

それでもこの勇気に触れて、自分も伝えたいと思った。

もしも、今私がもらった嬉しさを立花に感じてもらえたら、私の気持ちに意味がもてるかもしれない。





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