「ちょっと、」
「え、何?」
少し起こったような口調と同時に肩を掴まれ、そこでやっとは我に返る。
友人は呆れたようにため息を吐いた。
「あんた何してんの?教室、通り過ぎてるけど」
指摘され目指していた教室がすでに友人の向こう側に消えていることに気が付いた。
最近ずっと告白のことが頭の中で巡り、結果日常の動作に支障をきたしている。
は失態に気まずく笑った。その顔に友人が厳しく眉を顰める。
「まったく。最近様子が変よ」
「ごめんごめん」
「今日はお茶会の準備らしいから失敗しないでよ」
肩を軽く叩かれ、苦笑したまま「頑張る」と返した。
餡を皮に包みながら話が盛り上がる。
「この間みたらし作った気がするんだけどね」
確かにあの授業から1カ月程度しか経っていないが、この間と言うほどでもない。
「いいじゃない。美味しいもの食べられるし、お茶飲めるし、私は万々歳ね」
「余ったら今日のおやつにできるしね。下の子たちは自分で食べる気ないみたいだけど」
くすっと自分の発言に笑った友人に周りもニヤリとする。
「全く、この学年ったら花がないんだから。一人くらい甘い物を我慢して想う人に、って娘はいないものかしら」
「そう言うあなたも想うのは自分ひとりじゃない」
品を落とさないような笑い声が広がる。
そんな中では自分の手にある丸い物体を見つめていた。
頭の中にみたらしを屋根で食べていた場面が流れる。
頬を染める後輩。手にされたみたらしの包み。背を向けた立花。悪態を吐く自分。
自分の発言につい自嘲する。あの時の後輩の立場に自分がいる。
「・・・不味くはないと思うんだけど」
これに賭けてみようか。
そう思うと不思議とその方向に強く気持ちが転がる。
白い手でいつもより丁寧に形を整えた。
余った分を懐紙に包み、友人たちに話しかけられる前に教室を出た。
目的地はない。
緊張して手に持った懐紙に力が籠る。それに気付いて力を緩めるが、今度はうっかり落としそうになる。上手く力を調整出来ない。
約束を取り付けていない行き当たりばったりの状況で広い学園内で特定の誰かを探すのには時間がかかる。その間にこの熱が冷めてしまいそうで不安になる。
強がるように足だけを動かした。
角を1つ曲がり2つ曲がり、手の力の具合を何度も誤り饅頭が変形しそうだ。
やっと委員会室の辺りで仙蔵を見つけた。
「た」
と一文字出かかったところで口を噤む。突発的に出そうになった名字呼びだが、気恥かしくて飲み込んだ。
一つ息を深く吐き心を落ち着けると距離を普通の声で届く範囲に縮める。
「鼠男」
振り返った仙蔵はいつも通り無表情でを見た。
「何だ、残念賞か。いつも通り残念そうだな」
会ってすぐに飛び出す悪態につい眉間に力が入るが、それを手で伸ばすように解した。
険悪にしては後々響く。一瞬自分が何をしに来たのか忘れそうになった。
「あ〜、鼠男。今時間ある?」
「何だ、何か用か」
「まあ、ちょっと」
仙蔵は少しから視線を外し、眉間に軽く皺をよせ思案しているような顔をした。
一拍置いて目がに戻る。
「時間はかかるのか」
「かかるかもしれない」
もしかしたら一言だけで済むこともないとは言い切れない。
でも時間がかからないとも言い切れない。
「そうか、なら後でいいか?人に呼ばれていてな」
「構わないわ。悪いわね」
「朝呼び出されただけだ」
「朝?」
軽く言った仙蔵の言葉だけでは相手がくの一であることを察した。
菓子作りは前々から計画されており、そのくの一もと同じようにこれを利用しようと考えたのだろう。いや、相手は計画的に、は無計画に行動しているため同じとは言えない。
「終わったらお前の部屋に行く」
「あ、待って。出来れば」
校舎裏で、と口が開きかけた所で仙蔵が向かおうとしているのがそこなのだろうと思い至った。だけれど部屋まで迎えに来て、わざわざ言う為だけに移動して改めて、といった空気は避けたい。しかし他に呼び出す場所も思い浮かばない。
「・・・出来れば、悪いんだけど時間は夜にして。夜、戌の刻に教室の裏に」
「夜?」
「その方が都合がいいの」
仙蔵の目が不思議そうにを見るが、が真っすぐに見返すとすぐに目をそらした。
「どういった用事だ?鍛錬の相手なら勘弁してくれ」
「ちょっとしたことよ」
「言えんのか」
はぁ、と仙蔵がため息を吐くとは不安そうに眉を下げる。それに仙蔵は苦笑した。
「私を殺すつもりじゃないだろうな」
「・・・どうかしら」
仙蔵の冗談にも軽口を返した。
お互いに言葉を汚くするよりは良い空気になっていた。
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