走って忍たま長屋の前に着いたは表札に尾浜と書いてある部屋の前で止まった。

乱れた呼吸を整え、意を決して障子を開ける。


「勘右衛門、いる!?」


部屋の中には目当ての勘右衛門と久々知がいた。

床に座って向かい合っている状態でいる二人は、を見た。


、開ける前に確認しろよ。着替え中だったらどうするんだ?」

勘右衛門が呆れたように言った。

「どうもしない。何をいまさら着替え見られたくらいで」

それに久々知が苦笑する。


は、見た目と中身の違いを意識した方が良い。誰かがお前のことを「物静かで楚々としていて恥じらいのある、くの一じゃ珍しい女のような女だ」って言っていた時俺は噴き出しそうになったぞ」


「兵助が噴き出すような姿を見られるなら本望だわ」

は冷静にそう返した。確かに普段冷静な久々知が噴き出す様など希少価値があるかもしれない。

「そんなことどうでもよくて、勘右衛門、話があるの?」

「何?」

勘右衛門は微笑んで首を傾けた。

本来の彼の姿である。

は部屋に入り、床に座る。勘右衛門はと向かい合うように体を向き合わせた。

ちゃんのことなの」

がそういうと勘右衛門の笑顔は消え、眉間に皺を寄せる。

「どうしてが、の話をするんだ」

「勘右衛門のちゃんへ対する態度が納得できないからよ」

勘右衛門は息を吐いてから目線を外した。

「怒って当然だろ。俺にはお前がなんでを庇うのかが分からない」

「庇ってるんじゃない。本当のことを言っているだけ。勘右衛門、よく落ち着いて私の話を聞いてほしい」

勘右衛門はを見る。何かを言おうとしたが、の真っすぐな視線を受けて口を噤んだ。小さく頷く。

「分かった」

はホッと息を吐いた。

ゆっくり話し始める。


「まずね、あの時勘右衛門が来る前に色々あったの」

思いだして勘右衛門に分かりやすいように伝える。

「あの日私は食堂当番が終わってから、別の子たちに呼び出されたの。それであんな人気のない所にいたんだけど、そこにちゃんが来て、それを止めてくれたの」

勘右衛門は黙って聞く。すでに表情は自分の間違いに気が付いている。

先ほど受けたの視線がそれを悟らせた。

「その子たちがいなくなって、私助けてもらったことに安心して泣いちゃったの。勘右衛門に見られたのはそこで、ちゃんは私を助けてくれた」

勘右衛門はため息を吐いて、頷いた。

「うん」

「勘右衛門は私を助けてくれようとした。それはすごく嬉しいの。友達としてとても頼りになると思う。でもね、ちゃんと仲直りしてほしいの」

「うん」

勘右衛門は目を閉じてゆっくりと頷いた。

しかしハタとまた目を開ける。

「じゃあ、どうしては謝ったんだ?」

「それは」

は一度目線を外して、マゴマゴと話した。

「その、勘右衛門、昔ちゃんに虐められたんでしょ?だからそれでその、勘右衛門がちゃんのこと良く思ってなくて、こういう勘違いを巻き越す原因になって、嫌な思いさせてごめん、って意味なんだって」

勘右衛門は目を見開くと、ゆっくり目が伏し目がちになり、悲しそうに眉を下げた。


「俺ってどうしようもない奴だな。最初からは違うって言ってたのに、聞きもしないで」

ガシガシと頭を掻く。

「あの場面じゃ仕方がないというか、その、泣いていた私も原因だし。でもあんなに勘右衛門が怒ってたのは、相手がちゃんだったからだよね」


「裏切られた気がしたんだ」

苦笑するように勘右衛門は笑うが、目が光を持たない。

「俺のこと怖いなって思ってたけど、良い奴だってことは知ってたつもりだったんだ。まあ、付き合いも長いし。でも陰でその、なんだ、陰湿なことをする奴だったなんて、思わなくて頭にきたんだよ」

勘右衛門の顔を見ては唇を噛んだ。勘右衛門の表情に泣きそうになってくる。


「勘右衛門、それさ、信じたくなかったんだよ。ちゃんが虐めをするような子だって」

「・・・そうかも」

「でも実際に、ちゃんはそんなことする子じゃなかった。ね?」

「うん」

勘右衛門の表情が少しだけ和らぐ。

それにも安心して息を吐いた。

「話はそれだけ。お邪魔しました」

は立ち上がる。

「悪かったな、

「ううん、私こそごめんね。あと、助けてくれてありがとう」

がニッコリ笑うと、勘右衛門も少し笑って見せた。


が部屋の外に出て、障子が閉まった。












は忍たま長屋を囲っている塀を軽々と越えて見せた。

それからくの一長屋へ戻る。

自分がきちんと勘右衛門の誤解を解けたことでは足取りが軽かった。


ちゃん」


艶のある声に呼び止められる。振り向けばその人が笑っていた。

「山本シナ先生」

先生は微笑を携えてに近づく。

「実はお使いをお願いしたいのよ」

「お使い、ですか?」

「ええ。ここまで手紙を届けてほしいの」

スッと差し出された紙には地図が描いてある。目的地には学園から一日半はかかるだろう。

今から出て明後日に帰ってくるくらいになる。

はチラリと先生を見た。面倒だが先生から言われたことを断るわけにはいかない。

「分かりました」

は手紙と地図を受け取った。

「外出許可はこっちで下ろしておくから、準備ができたらすぐに出て頂戴」

「はい」

コクリと頷く。

二つを懐にしまい、はハッキリとした足取りで自分の部屋に戻った。










これがの恋の最終章の幕開け。




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