女子の噂は海よりも広く、飛脚より早く伝えられる。

のあいさつ運動が終わってから暫くして、ある豪気な者は聞いた。

「ねえ、。あんた、尾浜のこと、諦めたの?」

それは控えめな聞き方ではあったが、興味津々という態度が拭えていなかった。

それには笑って答える。

「そうよ。もうやめたの」

そしてそれは一日にしてくの一教室の殆どに知れ渡り、四日で忍たまに広がった。

多くの者が「やっぱり」と言い、を憐れんだ。

とある一部の勘右衛門ファンが拳を握った。

彼女たちは特に何をするわけでもない。お姫様のように相手が迎えに来てくれるのを待っているのだ。

それでもライバルが一人減ったことにより、自分が選ばれる可能性が一つ増えた、と思った。

しかし不安も抱いた。噂の対象がであるからだ。

学園中が知るほどの熱烈な行動をとっていたのに、それは勘右衛門に伝わらなかった。

あれほど分かりやすいのに、それが分からないのなら、自分の気持などこれっぽっちも受け止めてもらえないのではないだろうか。

良くも悪くも、の失恋は恋する女子たちの胸に波をたてた。

ただそれは飽くまで周りのくの一の話である。

当の本人はあっけらかんと日々友人と一緒に楽しくダラダラと過ごしていた。

の失恋をが聞いたのは忍たまに伝わったのと同じくらいであった。

普段くの一の社会から外れているである。

直接聞いたのではなく、人が話しているのを立ち聞きしただけだ。

そしてはその噂に信憑性を感じなかった。

しかし朝の待ち伏せが無くなったのは事実だった。

気になったに確認せず、とりあえず勘右衛門にが待ち伏せを止める前日のことを尋ねることにした。

が失恋したにしろ、してないにしろ、勘右衛門が関わっている可能性が高いからだ。






















長屋の縁側に座る忍たま五年の集団に近づく

しかしその集団はいつもより一人少なかった。

「三郎は?」

「用事があるって言って、どこかへ行ったよ。何か今日一日ソワソワしていて変だった」

雷蔵がそう言うと、八左ヱ門がニヤニヤと笑った。

「逢引だ、逢引。だからソワソワしてたんだよ」

「三郎がソワソワする相手ってどんなんだ?年上か?」

勘右衛門がそれに乗る。

勘右衛門が言った言葉にそれぞれが想像してみたが、なるほど、年上の少し悪そうな女性が思い浮かぶ。

「三郎が手玉に取られてるのって見てみたいな」

いつも飄々としている仲間だ。困難があってもヒョイとくぐりぬけて見せる。そんな彼が手玉など、想像ができない。

しかし一人首を傾げる者がいた。

「三郎は根がまじめだから、普通の子が似合いそうな気がするけどな」

兵助だ。しかし八左ヱ門と勘右衛門はえ〜、と否定的な表情した。

雷蔵は兵助の意見に笑う。

「そうかもしれない。でも僕はまだ三郎に好きな子ができたことを見たことないな」

「俺だってないさ」

「俺だって」

「俺も」

次々と手が挙がるが、一人だけそれに倣わない。

が唇に指を当てて考え込んでいた。

?」

「何考えてるんだ?」

「あ、いや、確かに三郎が誰かを好きになった所見たことがないなぁって」

がシミジミと言った言葉に、ドッと笑いが押し寄せる。

「そんな今更言うことじゃないだろ」

「ったく、は変なところで抜けてるよな」

「普段しっかりしてるから、余計にな」

「何よ、それ」

周りからの散々な言いぶりには軽く頬を膨らませる。

しかし当然それで笑いが引くこともなかった。



お互いに笑いたいだけ笑うと、次の話題が自然と出ようとしたところをがさえぎる。

「あのさ、勘右衛門に聞きたいことあるんだけど」

「ん?」

ちゃんと仲直りした日なんだけど」

もしかしたら何かがあったのかもしれない。そう思うと少しだけ気が引けて控えめな言葉になる。

しかし勘右衛門は微笑んで「ん?」と返した。

その反応には少しホッとする。勘右衛門に疾しい所はないのだ。

ちゃんと何かあった?」

「何かって、何もないけど。俺がひたすら謝り倒すって感じだった」

何もない。しかしそれではが朝の待ち伏せを止めた理由がない。

ちゃんの様子、おかしくなかった?」

勘右衛門は一応考えてみるが首を振った。


「珍しくまともだった」


周りが固まる。

呆れたようにが口を開いた。

「勘右衛門、それおかしいってことだから。普段と違う行動とるってことはおかしいってことだから」

「確かに」

言われて納得する。

「どの辺がまともだったの?」

「静かにこっちに言い分を聞いてくれて、最後に何でか「ごめん」って言われた」

の眉間に皺が寄る。

「何でごめん、なの?」

「分からない。何でか、って言ってるだろ」

言っている。勘右衛門に分からないならにだって分からない。

、お茶飲んだら?」

雷蔵がそっと湯飲みを差し出す。

はそれを受け取り、四人と横に並ぶように縁側に腰かけた。

ズッとお茶をすする。

「分かんない、色々分かんない」

「人生なんてそんなもんだよ」

「分かんないことが分かって人間は成長するのさ」

「七転八倒だよ」

「考えないより考える方がいいさ」

真面目なのかふざけているのか分からない返答に、五人で軽く笑った。






彼ら五人はここにいるから知らないのだ。





「うん、いいよ」




この時学園内の別の場所で、が人生を左右する決断を下したことを。



そこにいる人間しか知らない。





多くの者を巻き込む一つの答え。





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