忍たま長屋もくの一長屋と同じように所々に明りが灯っている。

しかしくの一ほどの賑やかさはなく、どちらかと言うと静かである。

そんな中をは足音に気を使っているが、肩をいからせて走るに近い速さで歩いている。


明りがついている一つの部屋の前に止まった。

両手で勢いよく両方の障子を開ける。効果音はスパーン!が正しいだろう。

が訪れた先は勘右衛門と兵助の部屋。

しかしハァハァと肩で息をするの目にはもう三人、五人全員が集まっていたのだ。


五人とも目を丸くしてを見る。

「ど、どうしたの、

雷蔵が慌てて立ち上がり、を部屋に入れてから障子を閉めた。

昼ならまだしも、夜更けに女が忍たま長屋に出入りするのはまずい。見つかれば間違いなく処分される。

は膝を抜かすように勢いよく座ると、ダンッと強く床に拳を叩きつけた。

五人の肩がビクリと跳ねる。

は元々大人しい気性ではないが、あからさまに乱暴な態度をとるのは珍しい。

固唾をのんでの反応を待った。

が首を持ち上げ、勘右衛門を見た。勘右衛門は自分に標的が向いたことで、急にオロオロとし始める。

「勘右衛門!ちゃんに何したの!?」

「え、ええ?に俺何かしたの?」

大きな声で責め立てるように言う。

問われている意味が分からず、勘右衛門は焦りながらそう返した。

分からなくて当然だ。勘右衛門の中でとは上手く仲直りできているはずなのだ。そしてそれに間違いはないのだ。

は膝で三歩勘右衛門に近づき、勘右衛門の胸倉を掴んだ。

「どうするのあんた!ちゃんが知らない男と付き合うって言ってるのよ!!」

締めあげられても何の反応もできない。

勘右衛門が知っていることとが知っていることには大きな差がある。

が勘右衛門を好きだったことも失恋したことも知っているが、勘右衛門は知らない。

そんな状態で好きでもない女子が他の男と付き合うと聞かされても特に何も言うことがないのは自然なことだろう。

「あの、、何で怒ってるの?」

恐る恐る勘右衛門は聞くがの目の鋭さが抜けない。

何も理解できず、勘右衛門は頭が真っ白だ。

が誰かと付き合うからどうするの、って聞かれても、俺がどうすることでもないし」

その言葉にの手の力が益々強くなる。

待てとばかりに勘右衛門はの手を叩くが、それでも変わらない。



「どうすることもないって!?ちゃんがどこの馬の骨とも分からない男と付き合うって言ってるのに、どうもないって言うの!?」

「それは聞き捨てならないな」



激昂したの言葉に、待ったがかかった。しかしそれはの手を叩いている勘右衛門ではない。

それはの後ろから。

眉を顰めて振りむくと、そこにいるのは三郎だ。

と目があって、三郎はニヤリと笑った。


「本人を目の前にしてその言い草はあんまりじゃないか?」


の口と目が開く。自然と勘右衛門の胸倉を掴んでいた手の力も抜けた。勘右衛門がフッと息を吐く。

「本、人?」

先ほどと打って変わっては小さな声で言葉に出した。

その反応に三郎はニッコリと笑い、自分を指さして言う。

「本人」

その場がシンと静まりかえる。

先ほどのドタバタが嘘のようだ。がゆっくりと勘右衛門に向けていた体を、三郎へと向ける。

五人も聞いていなかったのだろう。全ての目が丸く開き、三郎を見る。

三郎はそれに気を良くして、軽く口を開いた。

がいる時が良いだろうと思って報告は明日にしようと思っていたが、丁度が来たから言うよ」

三郎だけが気楽にその場にいた。

「昼間、に告白して色よい返事をもらった。私はこれからと付き合う」

自信満々に言うそれが事実だと証明する。

悪戯好きの三郎だとも、ここまで悪趣味な冗談は言わないと誰もが分かる。

の顔が蒼白に変わる。


「そうか、と、三郎が、なぁ」

何とかぎこちなさをなくそうと、八左ヱ門が軽く言おうとするが、それがまたぎこちない。

「全く聞いてなかったから、驚いた」

兵助が八左ヱ門の言葉に乗るように頷き、そう言う。

三郎はその二人の反応に大方満足そうだ。

雷蔵がニッコリ笑う。

「よかったね、三郎」

「ああ」

三郎も笑って返した。

その雰囲気に勘右衛門も笑う。

「そうか、三郎がと。おめでとう」

だけが動けない。顔もピクリと動かず、ただ三郎を見る。

眉が悲しげに垂れている。

その反応に、隣にいる八左ヱ門が気づいていたが、チラリとを見るだけで話しかけることもできない。

同じように隣にいる勘右衛門は気づいていない。

だから、明るく言うのだ。


「あれ?俺、は留三郎先輩のことを好きだと思ってたんだけど、違ったんだな」


あはは、と笑う勘右衛門のその言葉にの眉がグワッと寄る。

勘右衛門はずっと勘違いをし続けていた。

自分以外の男が好きなのだと。

それがの気持ちを締め付けた。自分のことじゃない。はきっと怒らない。

分かっている。

それでも悔しいと思ってしまう。勘違いされた辛い気持ちが分かるから。今はもう違うとしても、どれだけすごい思いだったか知っているから。

今はそれに相乗効果もあって、胸が張り裂けそうだ。

半分は悔しさで、半分は八つ当たりで。

は我慢出来なくなって、勢いよく立ちあがった。

勘右衛門を睨むように見下ろす。

その様子にまた勘右衛門はオドオドし始める。一体いつ自分がの地雷を踏んでいるのか全く分からない状況に困惑するしかない。

は大きく口を開いた。

雷のような声が勘右衛門に落ちる。


「バーカバーカ!勘右衛門のばーか!!驚くほどばか!!!」


恐ろしく語録のないそれをは大声で言ってのけた。

周りも目を丸くするほかない。

言われた勘右衛門も侮辱されているにも関わらず、驚いただけで嫌な気がしない。

は口を固く閉じると、ドタドタと足音を立てて部屋から出て行った。


暫く開けっぱなしの障子を閉めることもせず、五人はずっと入口を見ていた。



少しして兵助が「あいつは日に日に激しくなっていくな」と言ったのが耳に残った。





  戻る      四角形トップ