それはまるであの時の様だった。
ただ違うのは、相手が複数だと言うことだ。
あの時は泣いていない方が悪いと決め付けた俺だったが、今回はどちらが悪いなんてどうしても決め付けてかかることはできなかった。
多勢の方が泣いているのだから。
くの一が何かを取り囲むように集まっていて、それの中心がだったからつい声をかけてしまったのだ。
「何してんだ?」
と。
振り向いたくの一たちの顔はどれも驚いていて、それでいて涙を流す顔もある。
俺には状況が分からなかった。囲んでいる方が泣いて、囲まれている一人が平然と立っているなど、どういった状態ならそれが成り立つのか、俺には想像がつかない。
「お、はま」
一人が俺を呼ぶ。
それに首を傾げると、相手は一歩下がった。目を見開いている。
俺怖い?
つられて半歩踏み出すと、相手は逃げるように走り出す。一人がそうすると、続けて泣いていた女子が次々に走って行く。まるで俺に怯えるように。
一体何なのだ?俺が何をしたと言うんだ?
少し女子の反応に打たれて凹みそうになる。
が、そこにまだ一人女子が残っていることを思い出して、項垂れるのを止めた。
「えっと、邪魔したか?」
ポツンと立っているに問う。
は苦笑した。
「ううん、特に大した話をしていたわけじゃないから」
苦笑と言うより、苦しいのに無理に笑っていると言った方が正しい気がする。
何か俺の知っているじゃない。
どこか、おかしい。
「えっと、喧嘩とか?」
相手は泣いていたし、も今苦しそうにしているのならそう見当違いなことを言っているとは思えない。
しかし、複数対一人は喧嘩になるのだろうか。
「うん、似たようなもの。喧嘩ほど大変なことじゃないけど」
複数対一人という言葉である情景が浮かんだ。まさか・・・。
「虐め、とか」
それにはやんわりと笑う。
「違うよ。そういうのじゃない」
やはり、どこかおかしい。
表情とか声とか言葉とか、今までとガラリと変わっている。
いつもだったら常に作ったような笑顔だったし、声はハキハキとさせて高い声色だった。
言葉はこんなに曖昧な感じじゃなかった。
まるで病気にかかっているんじゃないかと思わせるような変わり方だ。
「、お前どこかおかしいんじゃないか?」
俺が尋ねるが、は首を傾ける。
「何か雰囲気が違う」
するとは俺から視線を外して、納得したように笑った。
「大したことじゃないの。心配してくれてるのならありがとう。ごめんね」
「あ、いや」
落ち着いた大人な振る舞いに怯む。
同年代でこの間までは女子だったのに、何か違う大人になってしまった気がした。
「じゃあね、勘右衛門」
は軽く口元で笑うと、俺から体を背けてくの一教室に戻る。
胸に気持ち悪い物が詰る。
分からない。
けれど何かモヤモヤとする。
あれは本当になのか。間違いなくだ。
でも俺の知っているじゃない。
三郎と付き合いだしたからそうなったのか?
それとももっと違う理由があるのか。
前まではできるだけに関わろうとしないと思っていたのに、今では理由が気になる。
が怖くなくなったからなのか、それとも違和感がひどいのか。友人の彼女と言うことで前より親しみがわいたのは事実だ。
今日あったことを三郎に話すべきか。
少し悩んだが、の様子から話すべきではないと思った。
前を目指していた足を止めて、その場にしゃがみ込む。
ギュッと目に腕を押しあてた。
まいった。どうしよう。忘れていたのかもしれない。アホかもしれない。
勘右衛門の顔は私の理想に近いのだ。
ドキドキしてしまった。少しときめいてしまった。
驚いた顔、眉間に皺を寄せた顔、心配する顔、気遣う声、優しい声。
ギュッと胸を押しつぶす。
バカだ。馬鹿だ馬鹿だ。
何が諦めただ。終わっただ。
まだこんなに反応しているじゃないか。こんなに胸が高鳴るじゃないか。
まだ、こんなにも好きなんだ。
信じられない。自分の心がこんなにも薄弱なものだっただなんて。
勘右衛門の顔を見て泣きそうになる自分が弱くて情けなくて、酷い人間だと思った。
今、私は人を傷つけたばかりなのにこれ以上まだ傷つけようというのだろうか。
ゴシゴシと額を腕に擦りつける。
もう終わったのだ。少なくともこの心の外だけでは。
それが真実で良い。それでいい。もうこの愛おしさも未練も、髪のように切り落としてしまおう。
これから出来るだけ勘右衛門に会わない。きっと一年もすれば、忘れてしまえる。
そうすれば誰も困らない。これ以上傷つける必要もない。
ただ皆が知る事実だけが残るのだ。
心の底では気持ちが髪のように切り離せないと分かっていながら、私はこの時そう思い込むしかなかった。
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