「今度の休み暇か?」
聞かれたその言葉に頷いたら、二人で出掛けることになった。
何気なく頷いたが、考えてみれば男の子と二人で出掛けるなんて初めてだ。
「こっちとこっち、どっちがいい?」
行李から余所行きの着物を二着取り出し、どちらも肩に当てて白けた顔した友人に聞いた。
「どっちでもいい」
予想通りすぎる反応。
時には予想を裏切ってノリノリで答えるなんてのがマンネリ化を防ぐ方法だと思う。
「鉢屋に聞けばいいじゃん。私の好みにしてどうすんの」
「まあ、そうなんだけどね」
あまり気合いを入れ過ぎていると、向こうに重荷になりそうで気が引ける。
頼りにならない友人のことは諦めて、床に下ろして二つを見比べた。
やっぱり男の子は可愛い色を着た女の子の方がいいのだろうか。
それとも鉢屋君だから、爽やかな色の方が好きなのかもしれない。
腕を組んで見る。
チラチラと二つへ目を交互にやりながら、頭の中ではいろんな考えを出しては打ち消し、消しては浮かび。
「こっちにするか」
初めてのことだ。せっかくなら、女の子らしく可愛い格好をしたい。
可愛い色の衣を手にした。もう片方は行李にしまう。
「あとは紐と髪飾り」
そこで友人の目が私を見ていることに気が付いた。
「何?」
聞いてみるが友人は別に、と返し目を逸らした。
別にというには特に何もないのだろう。
広げた着物の上に3つの紐を交互において、一番しっくりきた色を採用した。
明日、これを着て出かけよう。
「、準備できたか」
朝、朝食をとり終えた後準備を整え、少し暇だなと思っていたところで呼びかけられた。
最初から鉢屋君が迎えに来てくれることになっていた。
立ち上がり障子を開ける。
私服の鉢屋君が立っていた。もちろん不破君の顔で。
「どうも」
なんて声をかけたらいいか分からないので、他人行儀な感じになってしまう。
鉢屋君の反応がいまいちで、誤魔化すように笑ってみた。
鉢屋君は微笑む。
「行くか」
「うん」
懐に入れてある外出届を小松田さんに提出すれば外に簡単に出ることができた。
町はそれなりに賑わっていた。
道中、鉢屋君が面白い話なんかをしてくれたので歩いている時間は短く感じられた。
鉢屋君は私に聞く。
「行きたい所はあるか?」
てっきり鉢屋君がしたいことがあるのだろうと思っていた私は一瞬戸惑った。
特に必要なことが思い浮かばず、腕を組んで考えてみる。定番だが私は小間物屋を選択した。
町の小間物屋は女の子がたくさんいた。
可愛い簪や紅の周りに集まっている。
私も首を伸ばし、それらに加わる。
持っている紅が無くなってきているから今日買ってしまおうか。
手を伸ばし、紅皿を裏返してから色を見る。鮮やかな赤だ。
欲しい気持ちはあるが、財布の中身を思いだし紅を置いた。
化粧品は値が張る。今日はまだお金を使うかもしれないから、止めておこう。
「買わないのか?」
ニョキと後ろから覗かれる。
「うん、まだ残りあるから」
答えるが鉢屋君はふーん、と興味ないような声色だ。
鉢屋君を見ると目があった。近い。
「は、毎日化粧してるよな」
「うん、まあ、軽くだけどね」
さほど厚く塗っていないと思う。お金ないし。
自嘲すると鉢屋君はニヤリと笑った。
「今度すっぴん見てみたいな」
さて、私のすっぴんはそんなに興味を持ってもらえるようなものじゃないんだけれど。
そこまで思って、一つ思いついた。
私もニヤリと笑う。
「私のすっぴんなんて見れたものじゃないんだけど、鉢屋君がすっぴん見せてくれるなら良いよ」
鉢屋君は明るく笑うと、敵わないなと言った。
やっぱり見せてくれないのか。
「腹減ったか?」
「え、あ、うん、ちょっと」
帯を少しきつめに巻いているせいかいつもほど空いていないが、そう聞いてくるということは鉢屋君はお腹が空いているのだろう。
「何か食べたいものあるか?」
「さっきから私の要望ばっかり聞いてもらってるから鉢屋君が好きなものでいいよ」
鉢屋君は顎に手を当てて考える。
「うどんでも食べるか」
「うん」
町から少し外れたところに美味しいうどん屋さんがあるらしいという話になり、また話しながら場所を移した。
店に着き、うどんを二つ頼む。
隣同士に座る。今更だが、男の子と二人で出掛けているなんて不思議な感じだ。
「は将来、城に就職するのか?」
振られた話題はあまり触れて欲しい物ではなかった。
何故って、私はあまり成績が良くないから。
城勤めなんて程遠い。まずくの一になれるかどうかでさえ危ういのだ。
「城勤めは無理だろうなぁ。倍率高いし」
「フリーも大変だろ」
「うん、だよね」
だからくの一以外も視野に入れて考えなければ。
先生にも他の職の方が合っていると言われるし、自分でもそう思う。情けない。
「その点、鉢屋君は引く手数多って感じだよね」
「そうでもない」
「いやいや、忍術学園一術が上手いと言われる人がそうでも無かったら、誰も就職できないって」
褒めたつもりなのだが、鉢屋君は苦笑した。
鉢屋君は本当にすごい人だと思う。
術は六年生よりも上手いとか言われているし、成績は良いし、女の子にも騒がれることもあるし、今だって変装中で、誰一人として素顔を知らない変装名人・・・。
チラリと鉢屋君を見る。
さすが天才的な変装の名人。鉢屋君はたぶん常日頃から人を見る目が肥えているのだと思う。
だから常に私は楽しいし、立ちまわるのも上手い。人の感情を機微に捉える事が出来るだろう。
だから今、ふと、とある疑念が浮かんだ。いや、疑念と言うのは失礼。ふと、思いついた。
「・・・あのさ、鉢屋君ってなんでも知ってそうだよね」
声色からか、表情からか、それとも別の何かからか、鉢屋君は即座に私が切り出した話が面白い物ではないと察し、表情を少し引き締めた。
「のなんでもが何か知らないが、それほど私は博識じゃない。雷蔵の方がよっぽど物を知っている」
「いや、物事に関してもなんだけど」
なんとなく言い難い。一応鉢屋君との関係は平穏であるのだから、壊すのは気が引ける。壊れるかどうかは分からないけれど。
気になってしまったものは仕方がないと思う。
「人の気持ちとか。・・・特に周りの人の気持ち、とか」
今度は軽くどころではなく、しっかり表情が引きしまった。
しかし鉢屋君から言葉が発せられることはない。たぶん核心を突かないと話してくれないだろう。カマとかに引っ掛からないんだろうな。
「鉢屋君は、の気持ち知ってたんじゃないかなって」
「知ってたら、問題があるのか?」
すんなり答えが返ってくる。ジッと真剣な目が私の目と合わさる。
「知っていた」
ハッキリと答えを告げられる。後ろめたさなどない。もっとも、別に私は後ろめたさを感じて欲しい訳じゃない。
「やっぱり。鉢屋君が気づかないはずないなって」
「酷い奴だと思うか?」
「ううん、思わないよ」
必ずしも思いが叶うわけじゃないことは身をもって体験した。
といってもはまだ鉢屋君のことを諦めた訳じゃないから、一緒にするのは失礼かもしれない。
「は仲間だ。もう女として見れないんだ」
女として見れない?
不思議な表現だと思う。は確かに女の子なのに、女の子に見れない。
でも意味は分かる。というか、きっと勘右衛門にとっての私だろうか。
恋愛対象になれない。
・・・さっきから自分とを重ねすぎる。
違う違うと頭を振った。を原因に感傷に浸ろうとするな。
「ほど女らしい女もいないと思うけど」
「家族みたいなもんだ。長い間一緒にいるから」
鉢屋君はまた苦笑する。でも先ほどの苦笑とは全く違った表情。
「それで?この質問に何か意図はあるのか?」
「え?いや、別にないけど。ただ、気になったから確かめただけ」
「そうか」
鉢屋君はすこしホッとしたように、私の目からは見えた。
それから話はガラリと変わり、また鉢屋君は私を笑わせてくれる。
まるで人の感情を手の平で操れるようだ。
鉢屋君は、感情を、気持ちを知るのが上手いのだと思った。
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