グッと胸の衣を強く握る。
ぜぇはぁと息切れする音と、ドクドクと流れる血の音がうるさい。
イライラする。
頭がグルグルして、自分の行動が理解できなくて、イライラして、イライラしていることも納得できなくて余計にイライラする。
誰か、俺の行動の意味を教えてくれ。
食堂当番という役割を終えて、昼食でお腹いっぱいになった俺は満足していた。
部屋に帰って昼寝でもしようかと思っていたら、肩を掴まれた。
「丁度良かった、勘右衛門」
「・・・木下先生」
振り返れば担任の顔。
「両手出せ」
先生に言われ、首を傾げつつ両手を差し出す。
すると腕に負荷が掛る。
俺の手には木製の箱が納まっていた。
見慣れた、手裏剣が入った箱だ。
「それ用具倉庫に返しておいてくれ」
先生に言われては断る選択肢はない。
「はい」
それだけが答えだ。
「ふぁぁぁ」
大口を開けて息を吸い込む。辺りには誰もいないので躊躇うこともない。
目が滲んだので、片手で箱を抱え込むともう一方の手で涙を拭った。
満腹から来る睡魔だ。寝ようと思っていたのに、これのせいで時間が少なくなってしまった。
恨めしく箱を睨むが何の反応もない。
馬鹿らしい行動をする自分にため息を吐く。
不注意で箱を落とさないように気を引き締めよう。足にでも落ちたら、笑いごとじゃ済まなくなる。
渡り廊下の角に差し掛かる所で馴染みのある声が聞こえた。
三郎の声だ。
誰と話しているのか。やけに機嫌が良さそうだ。
雷蔵か、兵助か、八左ヱ門か、それともか。
話しに参加しようと角から出た。
三郎が笑っている。そして話し相手は手前側にいて、俺に背を向けていた。
その姿は、どう見てもだ。
一瞬身が怯む。そんな自分の行動に首を振って、俺は手を上げようとした。
でも出来なかった。
は笑顔だ。
どうしてかグッと嫌な感じが胸に押し寄せた。
良いことじゃないか、笑っているんだ。この間、少し様子がおかしかったけれど、立ち直ったんだ。
をこの位置から見るのは新鮮な気がする。思い返せば俺がを見る時、正面であることが多いのではないだろうか。
さっきの良く分からない感覚はこの違和感からきているのかもしれない。
気を取り直して、と思ったのに。
俺が声を発する前に、は動いた。
指先が三郎に触れて。
目が嬉しそうに細くなって。
笑い声が飛んだ。
弾けるように俺はその場から逃げだした。
何も考えられなくて、無心で元の場所に戻ってきた。
息が整わないうちにしゃがみ込み、箱を横に置く。
ぐるぐると何も考えていないのに、何かわからないことが頭の中をめぐる。
何も分からないで、頭を抱え込んだ。
三郎もも笑っていて、幸せそうで、悪いことなんて何もないのに。
どうしてこんなに気持ちが悪いんだ。
どうしてこんなに苦しいんだ。
胸に開いた穴を風が通る。
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