見ているときは幸せで、起きれば自分に落胆する。
そんな自分が情けなく、女々しいと思う。
「よお、」
「おはよう、鉢屋君」
毎朝の挨拶。
代わり映えがしないけれど、毎日変化すると言うのもまた代わり映えがしないのだと思う。
つまり何が言いたいのかというと、違うことが起こるのは時々で良いということ。
そして今日は違うことが起こる日だったのだろう。
鉢屋君に手を握られた。
「ちょっとだけ話さないか?というか、話したいことがあるんだ」
「え、うん、そんなに時間は取れないけど」
朝だし。授業あるし。ご飯食べなきゃだし。
「じゃあ、私行ってるから」
「あ、じゃあ私のお願いして良い?」
「はいはい」
差し出された手に食券を乗せる。
朝は味噌汁と漬物と、何か付いてくる日替わり定食だ。
友人はさっさと食堂の中へ消えた。
鉢屋君はそれを確認すると私を見る。
「実は今度実習があるんだ」
「へ〜、どっか行くの?」
「ああ、近くの町に」
それで、それが一体どうしたと言うのだろう。
「着物を貸してくれないか?」
「着物?」
「ああ」
「私の?」
「ああ」
・・・何で?
実習に行くから、私の着物を借りたい。
なるほど。
「女装なんだ」
「そうだ」
鉢屋君は困ったように片眉だけ下げた。
女物の着物など、男子がそう持っている物でもない。学園で用意されている分もあるのだが、男女の間で貸し借りもされる。
でも鉢屋君は女物もってそうだけどな。
「鉢屋君は変装道具あるんじゃないの?」
「それがこの間、汚してしまって。一応しみ抜きしたんだが、上手くいかなくてさ」
「一体何こぼしたの・・・」
誤魔化すように鉢屋君は笑った。
つられて私も笑う。
「しょうがないなぁ。いいよ。何色が良い?って言ってもそんなに持ってるわけじゃないけど」
「何色でも良いよ。私に似合いそうなのを選んでくれ」
「・・・」
鉢屋君に似合いそうな色・・・。どちらかというと、私が持っている色に鉢屋君が合わせる方が簡単そうな気がする。
不破君の顔をした鉢屋君を見る。
「鉢屋君は、不破君の顔で女装するの?」
「ああ、当然だろ」
「あ、当然なんだ」
不破君がどうの、っていうわけじゃないんだけど、鉢屋君がやる気だせば、道行く人がため息を漏らすくらいの美女に変装できるのに、何も不破君の顔の上から女装しなくても。
「今、何か思ったろ」
「いいえ、滅相もない」
「ま、が考えることなんてバレバレだけどな」
「なら聞く必要ないじゃないですか」
ニッと悪戯っ子みたいに笑う鉢屋君。私の考えなんて水を通しているように丸見えなんですね。
「えっと、じゃあ紐とかも貸した方が良いかな」
「あ、いや、紐は長さが足りないと困るから、私のを使うよ。悪いな」
「いえいえ」
確かに、鉢屋君は大きい方じゃないけど、私よりは幅があるかな。鍛えてる男の子ってそんなもんか。まあ、詰っている物は別ですが。
気になって自分のお腹の辺りを見た。
「あれ、珍しいな。久しぶり、さん」
「え?」
振り返れば、すぐ後ろに人がいた。
もちろん、5人いる。当然、勘右衛門も。
「よお、今日少し早くないか?」
「そうか?ま、良いじゃんたまには」
ニコニコと会話が交わされる。私は人の顔を見ないように、顔を少し俯けた。
「勘右衛門、寝癖が立っているぞ」
「・・・」
鉢屋君の声に、返事が返って来ない。気になって顔を見そうになったが、抑えた。
「勘右衛門?」
不破君が呼ぶ。
「あ、え、何?」
「ほら、寝癖立ってるって、三郎が」
「あ、直らなくて。水で濡らしたんだけどさ
「へ〜」
話に一段落着く雰囲気だ。これを逃したら、また少しだけここにいる時間が延びる。
今の体感時間は平常の3倍と予測。
鉢屋君の顔だけを見るように、5人に背を向けた状態で顔を上げた。
「あ、じゃあ、私、友達が待ってるから」
「ああ、あれ頼んだ」
「・・・うん」
焦ってている私の頭がより一層混乱した。
食堂に入る。その簡単な行動だけを私の体は忠実にこなした。
友人の座っている前の席には私が頼んだ定食が乗っていた。
あの表情は一体何なのだ。
どうして、あの場面であの表情なのだ。あの鉢屋君が。
もしかしたら何の意味もないのかもしれない。彼は感情を操るのが上手いから、きっと本当に大変なことがあっても表情に出さないはずだ。
ならさっきの表情は?
悲しそう、仕方のなさそう、呆れた、困惑した、困った、どれを当てはめても合っていて、それでいていざどれかと聞かれれば全く答えることができない表情。
あの人は一体何を考えているのだ?
不安が胸から顔を見せる。
どれだけ考えを巡らせても、聞かない限り真相は闇の中。
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