中庭で昼寝。すごく、幸せだと思う。
木陰であるため、日が直接俺に当たることはなく心地よい温かさだけを与えてくれる。
視線がぼやけて、意識が遠くなる。
そんな薄めの俺の目に映るものがあった。
「・・・兵助?」
「昼寝か?」
「うん・・・」
眠たいためあまり頭が働かず、短く返事をする。
「邪魔なのは分かるんだけど、話させてくれないか?」
話・・・?
重たい頭を持ち上げて、俺は目を擦る。
「何?」
「朝のことだけど」
「朝?」
働かない頭の中で、必死に午前中のことを思い出す。
「んん、課題のこと?」
頭が重たくて、立ったままの兵助の顔を見ることはできない。
意識が飛びそうになるのを我慢する。
「率直に聞いても良いか」
「ん」
軽く頷く。真剣な話じゃないといいな。
「勘右衛門はさんをどう思ってるんだ」
「・・・?・・・」
兵助の出した固有名詞に朝のこと、食堂前でのことが鮮明に思い出される。
「俺が色々言うことじゃないと思う。そこは悪い」
「ん」
頭が明確に働きはじめる。瞼の重みも軽減された。
「だけど、聞いておきたいんだ。状況は、知っておきたい」
そうか、兵助にはバレバレだったんだ。
朝、食堂に行ったら昨日と同じような光景が広がっていた。
それを見た瞬間に、俺の腹がまるで冬の井戸水を流したように冷えたんだ。
言い表しようのない嫌悪感。たぶん昨日の比じゃない。
それが何に対してかなんて、考えるまでもない。三郎とに対して。
ただ、三郎との何に対してなのかは分からない。
三郎に対してだけなのか、に対してなのか、二人が一緒にいることなのか、二人の仲が良いことなのか。
でも、もしかしたら知りたくないだけなのかもしれない。
さっき兵助に言われるまで考えることを拒否していたから。
でも、兵助の言葉で一点集中された。
『さんをどう思ってるんだ』
俺が、をどう思っているかが、問題らしい。
あくまで、兵助の見解によると、であるが。
俺は重たかった顔を持ち上げて、兵助を見た。
どんな顔かと言われれば、無表情に近い。
でも目に真剣味を帯びている。
首が痛いので俺は立ち上がった。
汚れた尻を払う。背中にも泥が付いているはずだが、手が上手く届かない。一応布を掴んでパタパタと振ってみた。
「払おうか」
「あ、頼む」
兵助の申し出に素直に頷く。背中を向けた。軽く背の上の方から叩かれる。
俺は兵助以外の誰にも聞かれないように、小さく口を開いた。
「どう思っているかって、難しいよな」
顔が見えないことを良いことに俺は兵助の質問に答えることにした。
「分かんない、っていうのが一番答えやすい」
自分の心さえ掴めない。時に体から切り離してしまえればいいと思うほど苦しめる心。
複雑すぎて、自分にすら底が見えない。
「は良い奴だよ。間違いない」
兵助の手が止まった。汚れが取れたのだろう。ここで向き合わなければおかしいだろうと思い、俺は向けた背を戻す。
「俺なんかよりずっと良い奴だ。懐の広い奴だと思う」
虐められていたことなど、いつの間にか昔のことになっていたんだ。
「たぶん、ずっと前から、ずっと良い奴だったんだよな」
知っていた。ずいぶん昔から。それを意識するようになったのは最近だけれど。
そして、その「良い奴」がとても大きな魅力であることにも気が付いた。
「それで、よく笑う奴だよな」
いつも笑っていた。少なくとも俺の知っているはそうだった。
胡散臭い位笑う奴だった。ちょっと前まで。
最近は減った気がする。けれど本当は減ったわけじゃなくて、俺に向けられなくなっただけなんじゃないかと思う。
「三郎が好きになった気持ちが分かるんだ」
つい、意識したわけではないのに、顔に力が入って歪んでいた。
たぶん、自嘲という表情になっているだろう。
笑いたいけど、笑えないんだ。
「勘右衛門」
「兵助、分かるんだよ」
兵助の顔も歪む。
熱い、痺れるような感覚が顔に集まる。
どうすればいいかなんて誰も知らない、どうしたいかすら俺は分からない。
息が苦しくなって、呼吸を整えるために息を深く吐く。息を吸い込み、規則正しい呼吸に戻せば、体に入った余計な力が抜けた。
話さなければ良かった。兵助の顔が困っている上に、自分の気持ちに一歩近づいてしまった気がする。
どう収集をつけようか。悩むために俺は視線を逸らしたのに、そんなこと考える余裕なんてなくなった。
整えた呼吸が、また大きく乱れる。
合ったんだ、目が。それは一瞬の出来事で、すぐに離れたのに、俺はまるで金縛りにあったように体の動かし方を忘れた。
「勘右衛門?」
兵助が訝しそうにしているのが視線の端に入っているが、焦点が合わない。
向けられた背。走り出す姿。
兵助の手が俺の肩に振れた時、俺の体は勝手に動き始めた。
見えるのは一つだけ。
追いかけたい。
待ってくれ。
こっちを向いて。
兵助は俺の名前を呼んでいたらしい。
でもその時、俺の耳は働いていなくて、代わりに目が彼女の姿を逃すまいと集中的に働き、体力など最初から計算なしで手足を力の限り動かしていた。
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