追いかけて、追いかけて、追いかけて。
そして、捕まえた。
振り返ったの目は見開かれ、握っているの手が俺のいる方とは反対に引かれる。
「勘右衛門」
俺の名前が呼ばれる。
走ったせいで呼吸が整わず、体が熱い。
の顔は驚きを消して、平然とした感じで首を傾げた。
ほら、違和感だ。
「どうしたの、勘右衛門。何か用事?」
用事・・・?
あれ、俺、何でを追いかけてたんだ。
えっと、確かが走って行くのが見えて、追いかけなきゃと思って・・・。
理由が、ない?
何やってるだ、俺。
「あ、え、あ、いや、あの、えっと」
何かそれらしい理由を付けたいが、思い浮かばない。
何で俺、を追いかけたんだ。
の顔が呆れているように見えた。
「用事がないなら、私しなきゃいけないことがあるから戻りたいんだけど」
そりゃそうだ。用事がないのに、ここに留まっている理由がない。
なのに、どうしてだ。いなくならないでほしい。離れないでほしい。
ここにいてほしい。
の目が、今、俺に向いている。しっかり俺を見ている。
なのに、どうして、さっきは俺から目を逸らしたんだ?
「・・・どうして避けるんだ」
そう、もしかしたら俺は避けられているのではないだろうか。
朝は会わなくなった。休み時間も前より会う機会が減ったように思う。
そして何より、はさっき俺と目が合って逃げたのだ。
これは避けている、ということだろう。
の顔が、少し曇る。
しかしすぐに軽く口元に笑みを浮かべた。
「避けてないよ。何か勘違いしてるんじゃない?」
誤魔化しているようにしか見えない。
「なら、何でさっき目が合って逃げたの」
きつい口調になったかもしれない。
理由が知りたい。
「ん?」
が真顔に戻って、そんな一音を発した。
「目、合った?」
え。
合った、よな。
「合った、と思う。いや、合ったよ」
確かに合ったんだ。だから俺は動けなくなって、それで。
「ごめん、それ私気付いてない」
苦笑する。
気づいていない?目は合っていない。そんなはずはない。だって、合った。
合ったから、俺の体は硬くなって、が逃げたと思って。だからここまで追ってきたはず。
なのに、勘違い?
「そっか、勘違いか」
が嘘を言っているようにも見えない。距離はあった。もしかしたら俺は勝手に、合ったように感じただけかもしれない。
「悪い」
なら、俺は何をしているんだ。そう、俺は何でを追いかけたんだ。
これは何だ。
無意識のうちに、考え込むように目を覆っていた。
「良いよ、別に」
は笑って軽く言う。これも違う。
最近ずっとだ。ずっと、俺が知っているに会っていない。
お前が何を知っていると言われれば、知らないことだらけだ。そして目の前にいるのもに違いない。それなのに、認めたくない。
「ごめん、もう行きたいから手を離してもらっていいかな」
そう言われて、俺はの手を握っていたことを思い出した。
「あ」
つい、反射で強く握ってしまう。握ってなお、指の長さに余裕を残せるほど細い手首。
見える手の平は、男と違って柔らかそう。日に焼けない腕の裏側は白い。
温かい、それを俺は離さなければならない。
手の力を緩める。指を伝って、の手は俺から離れた。
「なら、またね」
きっぱりとあっさりとは告げる。
俺は、何と返せばいい?
またね?まだ別れたくないと言うのに?
は俺の返事も待たず早々に背を見せた。
離れていくその姿が、嫌だ。
「あ」
名残惜しくて、ついまた手が伸びそうになる。
しかしは振り返ることはない。
また、走って追いかけて捕まえて。そんなことはできない。
伸ばした手をもう片方の手で握り込む。
俺は一体何がしたいんだ。は、三郎の彼女だ。
握りしめた手は、太く、硬く、先ほどとは違うものだと思い知らされる。
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