腕をのせているの肩にあまり体重がかからぬよう、勘右衛門は慎重に歩いた。
は勘右衛門の顔を見ようとせず、話し始めたりもしない。
勘右衛門は少し下にあるの顔を盗み見ていた。
沈黙が重く、二人の頭の中はそれぞれ思考回路が乱れている。
は今の状況から起きる少量の嬉しさに後ろめたさを感じ、勘右衛門は自分が引き起こしたこの状態をどう収拾付けるか悩んでいた。
しかしその反対に、今の状態を出来るだけ引き延ばしたいと思っている。
そしてその欲望を抑えきれずに、勘右衛門は口を開いた。
切掛けの話はすでに本題。
「はどうして、三郎と付き合ってるんだ」
の体が硬直する。体が密着している今、ハッキリと感じることができた。
「どうしてって」
唐突に聞かれて予想外の質問には戸惑い、そしてそれを聞いてきたのが勘右衛門であることが心を微かに傷つける。
何と答えるべきか。は一般的な当たり障りのない答えを探し出した。
「告白されたから」
答えるために開いた口は小さく、微かに聞きとれる程度。
しかし近い勘右衛門には十分な大きさだった。
「告白されたから付き合ってるのか?それって告白されたら三郎じゃなくてもってこと?」
勘右衛門はただ知りたいことが弾みを付けて口から出てしまっただけだ。
しかしその言葉はあまりに不躾で、勘右衛門の言葉だからこそ先ほど付いた傷が押し広げられる。
一度信じられないと目を見開いて勘右衛門を見た。
の中で感情が零れ、自然と顔が歪む。それを隠すように勘右衛門とは反対へ首を回した。
そんなは気が付かなかった。の反応に勘右衛門が眉を顰めたことに。
「そんなわけないじゃん。鉢屋君だからだよ。鉢屋君は良い人だから、付き合おうと思ったの。変なこと言わないで」
は胸がギリギリと痛めつけられるのを感じながら、勘右衛門が何故このような話を持ち出したのか考えた。
今のと勘右衛門の共通点と言えば、勘右衛門が話題にする通り三郎だ。
しかし話題にするにしては不躾すぎる。しかしそれを感じるのはだけ。
特に何の意図もないのであれば、話題として取り上げたのかもしれないと思い至る。
の中の勘右衛門はが勘右衛門を好きであったこと、今も胸を締め付けられる存在であることを知らない。
三郎と付き合っているだけの人間であれば、多少立ち入った質問であると感じても、傷つけられるような思いはしないだろう。
だが、軽々しくだされたようなそれは実際にはを傷つけた。
「ごめん」
の不快を表す語調に勘右衛門は眉を下げながら謝った。
勘右衛門が付き合った理由を聞いたのは心の底から滲み出た希望を探すため。
汚い言葉を使うなら、つけ込む隙を見つけるためだ。
聞いてしまった後で、自分の浅ましさを感じた。
三郎は友人である。はその恋人である。知っている。二人が付き合い始めたその日から。
その時はこんな思いを抱くなどと考えてなどいなかった。
こんなにも辛い気持があることなど知らなかった。
これ以上口を開けば自分の欲望や醜い心の内が露呈してしまいそうで、歯を強く噛みしめた。
どちらも話さなくなれば、当然会話はなくなる。
ぎこちなくも淡々とした足取りで目的の場所を目指す。
初めの状態となんら変わりないように見えるが、圧し掛かる空気は更に重くなった。
学園内は広く、勘右衛門が穴に落ちた場所は保健室とは対極の場所にあった。
生徒の姿もちらほらあるが、挨拶を端的に無理な笑みを浮かべる二人から早々に離れていく。
黙々と今の状態を速く終わらせようと思っていたの目にチラチラと動く物が目に入った。
「あ」
の歩みが少し乱れる。
それに気が付いた勘右衛門もすぐにが見ているものが目に入った。二人の足が止まる。
竹谷が手を振っていた。
廊下に座り、他の4人も揃っている。
「勘右衛門、どうかしたのか?」
足の踵を浮かしに肩を貸してもらっている勘右衛門は一目で足を怪我しているのだろう事が予想できた。
竹谷に聞かれた勘右衛門は後ろめたさを感じながら戸惑い気味に答えた。
「ちょっと足捻ったみたいで」
「大丈夫かよ!?」
心配して慌てて立ち上がろうとする竹谷を三郎が手で制した。
竹谷が不思議そうに三郎を見ると、竹谷の代わりのように三郎は立ち上がった。
足が止まったままの二人に近づく。
「、私が代わろう。きついだろう」
「あ、うん、そうだね」
三郎の申し出には頷いて勘右衛門と並んだ体を捻り空間を開ける。
勘右衛門には聞かれないが、勘右衛門に拒否する理由は見当たらない。
三郎はの肩から上手く自分の肩に腕を掛けさせた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
のはにかんだ笑みに三郎は余裕を持った笑顔を返した。
「じゃあ勘右衛門行くか」
「ああ、悪いな」
ぎこちない歩きがの時よりも速くなった。
雷蔵がに声をかける。
「さん、良かったら座らない?」
今まで三郎が座っていた場所がポカリと空いているが、はその間に入る気にはなれなかった。
「ありがと、不破君。でもいいや。ごめんね」
「そう?」
の謝罪にも雷蔵は笑顔を返した。
特に何事もなく歩いていた二人だったが、勘右衛門の顔色は冴えない。
勘右衛門は片足にほとんどの体重を掛けているため余計に体力を消費して疲れていた。
保健室まであと少しというところで三郎が口を開いた。
「で、勘右衛門、お前何してるわけ?」
勘右衛門はその言葉に反応して三郎の顔を見た。三郎は前を向いたまま、目だけ勘右衛門に向ける。
「足、捻ってないよな」
明確に指摘されれば逃げ場はない。三郎はすでに決め付けている。
勘右衛門は三郎の肩から腕を退けた。
「本当に怪我しているときは必要以上に過敏に怪我している場所を庇おうとするもんだ。何かに当たったりしたら痛いからな」
理由を説明されて勘右衛門は苦笑した。確かに勘右衛門はできるだけ体重を掛けまいと怪我をしていることにしている足にも少し体重を乗せていた。
「それで、何でこんなことしたんだ」
三郎の声が厳しくなる。語気を荒げている訳ではない。声が低くなったのだ。
先ほどまでは軽口を叩くような話し方だったのに。
その場の緊張感と、これから起こるであろう事に勘右衛門は軽く息を吐き出した。
自分で起こしてしまったことと知りながら。
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