胸が痛むたび、涙が止まることを忘れる。

苦しさで息が途切れると、一つ一つの場面が鮮明に想起される。

この学園に入学してから、つい先日のあの時までが。

嗚咽を止めようとすればするほど呼吸は止まり、胸の痛みは増すばかり。



「何でこんなことに」



誰もいないことを確かめて、は壁に向かいながら呟いた。

誰にも言えはしない。友人にすら、話すことはできない。

自分の軽薄さが招いたこと。それを罪と捉え、は自分の殻に閉じこもる。



は勘右衛門の告白が本当だと信じ切れない。

この間までの存在に怯え、拒否していた勘右衛門。

のことが好きだった勘右衛門。

勘右衛門がを好きになる理由がの中には見当たらない。



見当たらないが、あの場面が夢でないことは承知している。

は自分の衣を強く握りしめた。



浮かぶ疑問。

三郎は知っていたのに、何故止めなかったのか。

止めてくれれば、知らずにいられたのに。

こんなにも苦しく思うことなどなかったのに。

罪悪感から逃れるための責任転嫁。すぐに自分の非に行きつき苦しさからは逃れられない。



こみ上げる思い。

辛い。どうしようもなく辛い。

逃げてしまいたい。土を掘り上げて、穴の中へ埋まってしまいたい。

辛い。想いを押しとどめておくことが。偽り続けることが。

浮かぶ人たちの顔。笑う顔、泣く顔、怒る顔、悲しい顔。

は唇を歯で強く噛んだ。唇の痛みは心ほどではない。



心が散り散りになっていく

自分が愚かであったことを痛感する

どこからあふれ出るのか分からない。

ただ自分を沈めてしまいそうなほど、後悔の念が零れ落ちる。

耐えきれない。

起きてしまったことは受け入れるしかない。

されど耐えられない。




未熟な精神は、「今」から逃げることを選ぶ。










「あのさ、三郎」

「ん?」

図書委員会で雷蔵のいない三郎の部屋で勘右衛門は襖に背を付け、膝を抱えて座っている。

勘右衛門の呼び掛けに振り向かない三郎は、課題の為に筆を動かしている。

「俺、に言った」

一瞬、三郎の筆が止まるがすぐにまた動き始める。

「そうか」

その一言だけ。

「うん。ごめんな」

「何がだよ」

「俺、それでもが好きみたいだ」

「一々そう言うこと言うなよ」

紙がいっぱいになって、一度筆を置く。

「それはお前だけのもんなんだから、私に言っても何にもならない」

「うん」

三郎は紙を取りかえ、また筆を持った。墨を付け過ぎて文字が滲む。

勘右衛門は静かに座っていた。





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